俺を護るとは上出来だ~新米女性刑事×ベテラン部下~

 結局そのまま何もせず、署まで送ってもらい、仮眠室に戻った。

 そもそも本当に尾行なんかされていたのだろうかとも思ったが、神保が優秀なのは三咲もよく知っていた。

 それより、神保にビデオを見られた……。

 最悪だ。そのビデオの処理をどうするのかまでは聞いていない。

 が、上に黙ってはおかないだろうな……。

 捜査一課のみんなでそれを見るのだけはやめてほしい。

 思い詰めて、そうメールを打つ。

 と、すぐに返事が返って来る。

『捜査一課長にだけは言う』

 そうせざるを得ない状況なんだろう。

 捜査一課長は、公安とは畑が違う表舞台の人間で、しかも、若い優秀な人物だと聞いている。もちろん見たこともあり、そうそう個人的な感情を抱きそうにはないが、個人的な感情を抱くに決まっている。

 溜息を吐けるだけ吐き、シャワーを浴びる。なんだかんだでもう11時を過ぎてしまっている。そのまま寝て、鏡には明日の朝報告しよう。

 毎日通っている山本の見舞いも今日は行きそびれた。行っても寝ていることが多く、まだ安静状態なので話もあまりしないが、明日は早起きして、朝一番で行こうと決意する。

 深夜0時。ベッドで意識がなくなりかけた時、インターフォンの音が鳴った。

 同時に心臓が痛いくらいになったが、そろりと魚眼レンズを見て納得する。

 捜査一課長だ。

 午前0時を回っているというのに、キメきった3ピースのスーツに端正で渋い顔立ちが皆の憧れる刑事そのままだが、表情はさすがに疲れていた。

「あっす、すみません!!」

 慌ててドアを大きく開ける。

「不用心に開けるな」

 ぴしゃりと怒られたが、そもそもあなたがインターフォンを鳴らしたから開けたんですが。

「……すみません……。その……あ、こんな恰好で……」

「なんでもいい。とりあえず話を聞きたい」

 仕方ない。

 パジャマのままで、テーブルの上も片付けられていないが、

「どうぞ!!」

 と、通すだけ通して、ソファに座ってもらう。

 それから、テーブルの上をざっと片付けて、許可を得てから着替え直した。

「その…ご、ご報告もせずにすみません……」

 1人だけのうのうとシャワーを浴び、しかも寝ていたと分かればカチンときたかもしれない。

 ということは、神保もまだ仕事中か…巻き込んで、本当に申し訳ない。

「報告義務を怠った処罰は後回しだ」

「……」

 途端に悲しくなる。言うほどの急な報告は必要なかったはずだし、私はそもそも被害者だ。

「DVDはざっと見た。三咲警部で間違いないな」

 嫌な確認だ。

「……はい……」

「3係りは把握していたらしいが、それらを黙っていた鏡の責任は後で問う」

 …………、静かに息を吐く。

「神保の話によると、後を付けていた者がいたようだが見覚えはあったか?」

「え……いえ……私はその……全く分からないので……。多分顔を見たり……声を聞いても分からないと思います…」

「……。三咲警部の誰にも知られたくない、という気持ちは分かる。だが、それならそれなりに協力をしてもらう」

「……」

 返す言葉は「はい」の一言しかない。

「今から犯人をおびき出す。おそらく、三咲の腕時計がロビーを通過した時点で犯人が気付くよう仕掛けがされてあると思われる。さきほどエントランスの自動ドアのプログラムが一部改ざんされていることが確認された。
 三咲は今すぐ公用車に乗って港区の廃棄倉庫地帯まで行け。
 私は後部座席に隠れている。心配はしなくていい。尾行されても撒かなくていい。前だけを見ていろ」

「………」

 突然のミッションに身体が硬直した。

「ロビーを出て、車に……」

「公用車は地下から上にあげておく。ロビーから車までの間は当然見張りをつける。三咲警部はただ、車に乗って運転すればいい。
 道順はナビにガイドさせるし、迷った時は私が後ろから指示する」

 後ろで隠れながらスマホのナビを確認する姿を想像する。

「後は、倉庫前で車を停めればいい。犯人はおそらくバイクで追いかけてくる。車は防弾ガラスになっている。何があっても車からは出るな」

「………、……」

「後は応援の者が片付けてくれる。だが、つい今しがたの事だ。これが罠だと分かれば、犯人は出ては来ない。それを見破るか、どうかは犯人次第だ」

 課長は腕時計を見た。署から支給されている物も、この人がつければ高級腕時計に見えるから不思議だ。

「よし、すぐに行く」


 ドアを開けるなり、課長は率先して歩き、三咲はその後に続いた。

 突然のことで、全く心の準備ができていない。

 廊下の先のエレベーターに乗り込み、そこをロビーまで上がれば、すぐ外だ。

 誰もいないエレベーターに乗るなり、課長はしっかり目を見て言ってくれる。

「大丈夫だ。深く考えるな。慌てるとよくない。………、俺がちゃんと後ろにいる」

 そして、肩をしっかり叩かれ、笑みを見せた。そして、車のマスターキーを手渡す。

 あぁ、第一線を走る刑事というのはこういうものかもしれない、これこそまるでドラマだ、と思う。

 課長は地下一階で降り、そこから公用車に乗り込み、他の者が運転して地上へ上げておく。車が準備できた指示を受けてから、三咲はロビーから、外へ出た。

 話によると、このロビーの自動ドアを出た時点で犯人に通知が行くようになっている。犯人がどこに住んでいるのかは分からないが、一番近くてそこのコンビニ上のマンションのため、ブザーか何かが鳴る仕掛けを作っているのなら、鳴った瞬間窓から外を見ればこちらの姿が見えるということになる。

 あるのかないのかも分からない視線を強く感じて怖くなる。

 突然の外出で薄着のため、肌寒いのは確かだが、鳥肌が立つほどに悪寒も感じた。

 予感がする。

 見られている気がする。

 公用車の鍵はかかっており、ちゃんと自分で開けて、先に人が乗り込んだ気配を消しておく。

 どこからどこまで見られているのか全く分からないが、用意に越したことはない。

「自動ドアのプログラムが反応した。犯人がどこからか見て追いかけてくると思うが、大丈夫だ。ゆっくり進めばいい」

「はい」

 深呼吸し、キーを差し込んで回す。

 考えてみれば運転自体が久しぶりだ。ゆっくり、ゆっくり進んでいく。

「部下の報告では、ここへ来るまでに不審な者は見当たらなかったようだ。罠だと察して来ないかもしれない」

 それを聞くだけでさっきの視線が考えすぎだったことが分かる。

 三咲は少し落ち着いて、車を走らせた。

 30分ほど走る間は、三咲と課長の間で会話はなかった。課長は時々部下とやりとしているようで、最初はその内容を聞き取ろうと必死だったが、どうも内容がつかめないので、諦めて運転に集中した。

 こんな深夜にドライブすることはない。

 が、夜景が綺麗なので、こういう所に彼氏とデートに行ければ最高なのにな、と思う。

 思考が逸れるほど緊張しているのか、どうなのか分からない。ただ、課長が後ろにいる、という存在感だけはとても大きかった。

 倉庫周辺になると時速を40キロほどに落とし、進んでいく。

 バイクで追って来る、という予想だったが、背後からは何の音もしない。

 やっぱり罠だと思ってついてこなかったのかもしれない。

 海辺の倉庫前に到着し、ほとんどアクセルを踏むのをやめる。

「ここでいいい」

 課長の声に合わせて完全に停車する。大きく息を吐いた。

「しばらく待ってみる。ロックは絶対解除するな。外には出るな。いいな」

「はい」

 すると、バイク音が後ろから聞え、反射的に頭を下げた。

「それでいい」

 逆に課長は目立たないように動きながらも、銃を持ち、見えない位置ギリギリで外を伺っている。

 バイクがすぐ近くで停止したと同時に、

 パリ!!

とサイドウィンドゥにヒビが入った。

「出て来いコラァ!!!」

 ヘルメットをかぶった大柄な男が、銃を打ち放った。

 怖くてその方を見られない。頭をそのままハンドルに押し付けてできる限り縮こまる。

「銃を降ろせ!!」

 新たな声が聞こえた、応援だ!!

 これで助かる!!

「あう!!」

「おああ!!」

 サイドウィンドゥへの攻撃の手が止んだと思ったら、後ろの応援の方から悲鳴が上がったので、思わず頭を上げて首を捻った。

 バイクに乗った警察の男2人が順に倒れる。

「クソッ!!至急!!…」

 課長はすぐに腕時計にむかって応援を要請、

「あぁ!」

 しようとした瞬間、ヘルメットの男のヘルメットがサイドウィンドゥにぶつかった。まさか、転倒した?……まさか……。

「………」

 視界から何も見えなくなる。

 何の音も聞こえない。

 課長は腕時計に向かって、もう一度応援を要請し直した。

「神保!」

『はい! もう角を曲がる所です!』

 スピーカー仕様にしたようで、小さな声が三咲にも聞こえる。

「全車両に告ぐ! すぐに車から出るな! 応援2名が撃たれた模様。三咲警部と俺は無事だ。ヘルメットを被った男が犯人の模様だが、今は車両から姿が見えない」

『……公用車の前で倒れている姿がこちらからは見えます』

 神保が応えた。

「打ち合いになったか?」

 課長は三咲に聞いた。

「……私も、後ろに注意していましたので……でも、その男は自分で倒れたような気がしました」

「………状況は不鮮明だ。降りて確認する」

 まさか、ドアを開けるつもりかと、三咲はシートから乗り出した。

『いえ、こちらから見る限りでは全員動けそうにありません。課長は三咲をお願いします』

 神保の張りつめた声に、三咲は今まで感じたほどがない気持ちを胸に抱いた。
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