俺を護るとは上出来だ~新米女性刑事×ベテラン部下~
ゼリーを買って道場の隅に置いた後、嵯峨は生島の待ち合わせ時間に5時間遅れて会議室のパイプ椅子に腰かけた。

「どうだった?」

 生島も心配そうにしている。

「………、牧田さんも悪くはない。が……三咲は自分の死を覚悟させられて、相当怯えている」

「……まあねえ……牧田君も去年同僚を失くしたから……」

「……どんな風に?」

 思いもよらぬ話に、嵯峨は生島を見た。

「行方不明。女性でね。……ここだけの話、私は半分相手に落ちたんだと思うけど……。どうやら牧田君のプライベートのパートナーだったみたいで、殺されたんだって思いたいんでしょうね」

「……」

 その余計な私情が三咲には意味の分からない恐怖として伝わっているのかもしれない、嵯峨は一瞬そう感じたが、どれも皆自分の辛い経験を三咲にはさせたくないと思っているだけに、何の否定もできない。

「相手に落ちる、か……」

 生きたまま相手に自ら落ちるなど、その可能性をあまり考えていなかった嵯峨は、大きな衝撃を受けた。

「あの子自身の経験がなさすぎるから…。なんか聞いた話によると、女性警官連続暴行事件の被害者の1人でDVD送られてきたんだって? まあそれも見たけど。あれが初体験で、その後モデルのブライアン……。本当の男を知らないから、樫原にうまく落とされる可能性が高すぎて、私はそっちの方が心配なの」

「………」

 山本のことが頭の中を駆け巡る。

「貴方たちもそういう仲?」

 半分顔に出てしまったことを知った嵯峨は

「違う」

と即座に言い切る。

「じゃあ、相手は警察官? あ、桐谷君か」

「いや……。山本さんだ、多分な」

「渋い!」

 何故か生島は赤い爪の手を叩いて笑い、晴れ晴れとした笑顔で、

「じゃあピュアな恋って事なのねー」

 遠くを見つめている。随分楽しそうだ。

「あれ? その間にブライアン? あー、もう、最悪……。もう山本さんに合せる顔がない!!」

 何やら1人で盛り上がっているので、静観することにする。

「んで、その後山本さんとはどうなったの?」

「……さあ……相原と見舞いに行った、とは聞いたが。電話で連絡は取り合っているようだ」

「現在進行形かあ…。山本さんはまんざらでもなさそうなの?」

「……全く顔に出さんからな、あの人は」

「へえー、まあねえ、でもあんな可愛い子に言い寄られてさあ。しかも年下で。しかも自分は50でしょー!? もうこれ人生最後の恋って思うでしょぅねえ。そんで左手を失って、それを介護しに来てくれて。なのに、世界的に有名なブライアンに一時さらわれてさあ! その上今度は樫原の潜入捜査! 息つく暇もない展開で、もう山本さんもいつ自分から離れるかドキドキのハラハラね!!」

 正直そこまで全く考えたことのない嵯峨にとって、何がそれほど楽しいのかさっぱり分からなかったので、とりあえず煙草に火をつけて、返答を誤魔化す。

「えー、本当に山本さんとは最後までしてないの?」

「知らん!」

 してない雰囲気だったような気はするが、あまり考えたくないので言い切る。

「ああ……そっかあ……。でもさあ、それがまた命とりになったりするのよねえ、女って」

 俺は、ちら、と生島の顔を見た。表情は真剣だ。

「男に乗っかられた瞬間、心が嫌だと思うのよね。山本さんが頭から離れなくなる。そうしたら男もそれに感づいて、力づくか薬でなんとかしようとしてボロが出る。
 山本さんを簡単には裏切れないでしょう、あの子。たとえ、最後までしてなくても。というか、他の男に乗っかられた瞬間、自分は山本さんとしたかったんだ、と気付くかもしれない。そうなったら自体は暗転するわ。今の牧田君の教えが生きて来る、いや、生きればいいんだけど」

「………可能性としては充分あり得る。……だが、あくまでも山本さんとそこまでの仲になっていたら、の話だ」

「あんたねえ、そうに決まってるじゃないの」

 2人を見たことがない生島が随分言い切るので、ムッとした。

「………、まあどちらにしても、2人を離しておいた方がいいわ。絶対にその存在が邪魔になる日が来る。死んだって嘘ついても丁度いいくらいよ。思い切って仕事ができるかもしれない」

「……そんな嘘、すぐにバレる」

「バレた時はあんたが代わりになればいいのよ。それで仕事させなさい。言っとくけど、今回のは本当に大がかりなのよ。1人の中年のおっさんがどうとか、そんなことで破談になるような話ではないわ。正直、三咲が死んだ時の事も考えてる。伏線は張っておくに越したことはないからね」

「………」

 嵯峨はさすがに言葉が出ずに、生島を睨んだ。

「あんたも分かってるでしょ。庇いきれない時もあるって。後は潜入捜査員次第なのよ」

「………」

 灰がテーブルに落ちた。それは、自分でも心の隅に置いていたことだが、まさかこんな真ん中に置いておかなければならない可能性があるということを改めて思い知った。

 落ちた灰を手で端に寄せ、残りを灰皿に押し付ける。

「……俺は実践を積んだ方がいいと思う。縄抜けも悪くはないが」

「……今の所、樫原がよく現れるバーがあるらしいからそこで引っかけようと思ってる。だから、まずは男の引っかけ方ね。今夜辺り手ほどき……あの子、普段どんな服着てる?」

「服?……」

と宙を見上げるくらい思い出せない。

「まあいいわ。今夜はとりあえず9時に南区まで送ってくれる? 本人には先に、樫原を引っかける練習をしに行くって伝えとくから。なんとか引っかかるようになったら、ホテルまで連れ込んで自分だけ出て来る練習」

 ハニートラップの練習内容を初めて知った嵯峨は、眉間に皴を寄せた。

「俺は物影から見てればいいか」

「それ、一番重要。男に覆いかぶさられてから逃げたり、逆に縛り上げたりするのは牧田君に任せて。ハニートラップをしなくたって、その前準備の練習はたくさんあるから。酔わずに話をする練習、相手を油断させる練習。警戒心を解く話し方に、他の女性を味方につける方法。素人感を残したままに拘らなくても、あの子なら本人目の前にしたらとりあえず緊張して素人感が出るだろうから、練習だけは欠かせないわ」

「……実際樫原をホテルに誘うのか?」

「それは状況次第。とにかく、樫原のお気に入りになって、部屋に入ったりできたらなんでもいいから。今日ホテルに誘うとかそこまで細かく計画立てたらきっと、あの子破滅するわ」
 
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