朝マヅメの語らい
「冗談だよ。本音は帰りてえけどな」

 仕事はできるし、責任感もある。その上人柄までいいときた。ふとした瞬間に好青年の化けの皮がはがれるにちがいないと、二年間いろいろな無理を吹っかけてみたが、なかなか本音を見せない。

「僕、ちょっと下行ってきます。大福でいいですか?」

「よろしく。緑じゃなくて白のやつな。白がなくても代わりに緑は買ってきてくれるなよ。あれは別の食い物だからな」
 橋爪はポケットから皺だらけの千円札を取り出して、坂巻のデスクに置いた。

 ここで腹が減ったという言葉だけを捕らえて「弁当を買ってきましょうか」などと訊かれれば、「俺はすぐに帰りたいんだ」と文句をぶつけてやれるのだが、坂巻の気遣いは完璧だ。

好きなものでほんの少し腹を満たし、仕事を早く切り上げようということなのだ。

 坂巻は返事代わりに、女性社員たちを夢中にさせるはにかみの混じった笑みを浮かべ、エレベーターに向かった。

(俺が買い出しに行ったら、間違いなくこいつにだけ弁当を押し付けてやるけどな)
 ひとりきりになったオフィスで、橋爪は鼻を鳴らした。
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