【最愛婚シリーズ】俺に堕ちろ~俺様社長の極甘な溺愛包囲網
「嘘だろ、本人?」
隣に座っていた前野くんが、呆然とつぶやいた声が聞こえた。
しかしそれよりも大きな声で男性の新入社員が、椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
「あのっ! 俺、ずっと憧れていてお会いできて光栄です。アメリカでの活躍も存じ上げています。それに先週の経団連の……」
「あぁ、もうそれ以上はいい。男にそんな熱い視線を向けられたら気持ち悪い」
「あ、すみません。でも……握手だけでもいいですか?」
新入社員の頬はわずかに赤みがかっていて、まるでアイドルに握手を求めるような表情だ。
「無理」
「そ、そうですよね。あはは」
断られたのにうれしそうなのは、どうしてだろうか。
久しぶりに会っても、この男は相変わらずだなと思う。
その場にいるだけで話題をさらっていってしまう。
少し呆れながらも、わたしはこの隙にこの場を離れることにした。
自分で参加すると言っておいて途中で帰るなんて非常識だとは思う。
けれどわたしにとっては緊急事態なのだ。会費はすでに支払い済みだ。
さっさと敵前逃亡――するしかない。これ以上目の前にいる男の顔を見たくないのだ。
――ガタッ。
そーっと静かにその場を離れるつもりだったのに、椅子が結構大きな音を立てた
。駿也に向いていたみんなの視線がわたしに向けられた。
あー、やっちゃった。
こめかみを押さえて自分のうかつさを呪う。