レフティ
『渋谷~渋谷~…』
電車が渋谷駅に着くと、一斉に人が降りて、また同じくらいの人がわっと電車に乗り込んだ。
「あっ、すいません」
「いやこちらこそ」
ミドリくんは隣に立つ男性にぶつかったのか、そう謝って、それに答えたその男性の左肩には、女性が抱かれていた。
大体土曜日のこの時間帯は、往々にしてこういう光景が車内には広がっている。
ミドリくんと帰るとき、いつもそれがいささか気まずいのだ。
「え、待った。桃田さん?」
ミドリくんも知らない自分の名字が呼ばれて、私の心臓は急に速度を速めた。
それは、妙に嫌な高鳴り。
「…また…先生…」
声をあげて笑うのは、山辺先生だった。
「今日よく会いますね~」
ケタケタと笑う先生だが、私には左肩に抱かれたその女性の視線が痛い。
私とミドリくんはそういうのではないが、たぶん先生とその女性は、そういうのなんだろう。
「里香の知り合いなの?」
ミドリくんも先生の笑いにつられているのか、少し口元を緩めながら聞いた。
「うん…着付け教室の先生。さっきも助けてもらって」
「あぁ、通い始めたって言ってたね」
次の駅でドアが開くと、また人波が私たちに押し寄せた。
一度外へ出てから、また車内に乗り込む人波に紛れた私たち。
「ねぇ桃田さん」
耳元で聞こえたのは、間違いなく先生の声だ。
「桃田さんって、意外と男遊び激しいんだね」
左肩に抱かれた女性にも、ミドリくんにも聞こえないくらいの小さな声で、先生はそう囁いた。
反論したくて彼の顔を見上げるが、たぶん何かを言っているのは聞こえていたのだろう。
先生の腕に抱かれた女性と先に目が合ってしまい、私は何を言うこともできなかった。
「じゃあ、今度こそ。また金曜日お待ちしてまーす」
目黒駅でドアが開くと、余裕たっぷりの笑顔でそう言い残して、先生たちは電車を降りて行った。