レフティ

しかしそんな胸のときめきもここまで。

私は長襦袢を着るのに、案の定必死であった。

「桃田さーん、まーた手逆です~」

「はっ…やってしまった…」

裾よけと肌襦袢のときには正しくできていたのに、私の頭は1つ新しいことを覚えると、古いことを忘れるようにできているようだ。

「左が上。ね、癖なのはわかるけど」

前回同様に後ろに回った先生の手は、まるで子供に蝶々結びを教えるように、優しく私の左手に触れた。

「はい…すいません」

先生の距離が近く感じてしまうのは、私が先生を意識しているせいなのだろうか。

「…先週と一緒だね。衣紋が抜けてませーん」

そうしてまた苦労して結んだ腰ひもは、先生の右手1本で簡単に解かれた。
この結び方、ほどけにくいって先生が言っていたのに。


もう一度長襦袢を羽織って、衣紋を抜く。

「こぶし1つ分、手当ててみて」

「…これくらいですか?」

「うん、いい感じ~。で、このまま腰ひもで結ぶんじゃなくて、衿を留めるって意識してやってみて」

その意識の違いが私にはわからなかったが、なるべく先週先生に言われたとおり、うなじがスースーするか確かめながら、左手を上に結んだ。

「おー!いい感じですね!」

先生の歓喜の声に、私もやった、とつい声をあげた。

「ここ、ちゃんとスースーするでしょ?」

うなじを這った先生の指は、今日も冷たい。

「っ…だから先生。くすぐったいです」

「あはは、桃田さんってなんか、隙があるんだよね」


ついこの間言われたばかりのその言葉。

仮にも着付け教室の先生がそんな台詞、いかがなものなのか?






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