レフティ
申し合わせもなく、偶然同じタイミングでトイレに立った私と美沙は、それはもう興奮だった。
「ねぇねぇねぇ!ちょっとやばくない?」
中学生のように女子トイレで飛び跳ねる私たち。
「すごい楽しい!ねぇどうしよう!楽しいね!?」
まだ4杯目半ばのアルコールが回ったとは到底考えられず、このテンションは素のものだった。
「今22時でしょ?もう一軒、行けないかな…」
「向こうが言ってくれると嬉しいよね…私たちから言うのもね…」
普段は攻めの姿勢の私たちも、あのレベルを前にしてはさすがに怖気づく。
もし解散になりそうになったらそれとなく誘おう、と決めたが、うまくいく気はしなかった。
鏡に映った自分の火照った頬を、洗って冷たくなった両手で鎮めていたときだ。
「でも里香さ。先生と話してるとき、なんか素な感じしたよ」
前髪を整えながら、突然美沙が鏡越しに私の顔を見つめた。
「煽ってるとかじゃなくて、ほんとに。自分でもわかるでしょ?猫被ってないって」
「…まぁ…作り笑いはしてないよね」
控え目にそう答えたが、鏡の中の自分の頬はいまだ赤い。
本当は美沙の言う通りだとわかっている。
無意識のうちに相手の好きそうなキャラに合わせてしまう自分が、先生の前では特に自分を取り繕っていなかった。
というより、取り繕えなかった、という方が正しいかもしれない。
それでいて、先生といるのは緊張の中にも安らぎがあった。
でもだからって、先生が私にとって高すぎる山であることに変わりはないのだが。