レフティ

金曜日の夜、街には多くのサラリーマンや大学生が溢れかえっていた。
その光景は、先生と偶然会ってしまった新宿の夜を彷彿とさせる。

あの日先生の左肩に抱かれていた女性。
いまさら彼女に嫉妬している自分は、本当に大馬鹿者だ。

「大丈夫?楽しめてる?」

こちらを覗うような表情を見せる先生。
目にかかる前髪をかきあげる仕草が、妙に色っぽい。

「大丈夫、楽しめてます」

不意にドキドキさせられて、オウム返しのようになった返事に、案の定先生は笑った。

先ほどの居酒屋からほど近い教室にはすぐに着いて、同じビルには居酒屋も入っていることから、エレベーターには多くの客が乗り合わせていた。

ぎゅっと詰まる室内に立ち込めるアルコールの香りと、服についたタバコや揚げ物の臭い。
自分のそれも混ざっているのだろうが、密集すると気分が悪くなりそうだ。

「もうちょっとね」

そんな私の様子にさも気付いたように、先生は軽く頭に触れた。

「…大丈夫です」

いつもの私なら、彼の服を掴むとか、せめて気にかけてくれたお礼を上目遣いに言うとか、もうちょっと可愛いことができるはずなのだ。

それなのに。

先生の前だと、なぜか強がってしまう。

「可愛くねーな~」

「…先生の前だとできないだけです」

居酒屋の階でほとんどの客が降りていったとき、私はたぶんそれを口に出してしまっていた。
だがおそらく、入口の騒がしい音楽と、降りていく客たちの足音で、それは先生の耳に届かずに済んだように思う。

先生は何も言わなかったから。


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