レフティ
「はい、桃田さん手が逆ですよ~何回目ですか~」
「うっ…すいません癖で…」
3回目の着付け教室は、良いのか悪いのか初めて他の生徒さんが一緒に受講していた。
「菊池さんは衣紋は綺麗に抜けてますけど、衿元が緩んじゃってるので、もう少しきつく合わせましょうか」
といっても、私とその菊池さんの2人なわけだが。
菊池さんは私より半年早く体験教室に通っていたそうだが、ご主人の仕事の都合で、ここ最近は来れていなかったらしい。
「じゃあ今日は着物クリップ使いますけど、持ってきてますかね~」
私は先日通販で買ったばかりのカラフルなそれを鞄から取り出すが、隣の菊池さんはごそごそと鞄をまさぐって、なかなか見つからない様子だ。
「あ…すいません、忘れちゃったみたいです…」
菊池さんはこれじゃだめですか、と、どこからか洗濯バサミを1つ取り出して聞いた。
「あ、菊池さん。よかったら私の使います?7個もあるんで」
本当は、最後の帯を巻くまでで5個あれば良いとテキストには書いてあったのだが、和柄が描かれていたり、猫が描かれていたり、大きさも様々あって、たまらず衝動買いしてしまったのだ。
まさかそれが役に立つとは思わなかったが。
「え、いいんですか…すいません…」
「全然いいですよ、そんな。どれにします?」
私は7つのクリップを手に広げて、菊池さんとあれが可愛いこれが可愛いと会話に華を咲かせた。
30代半ばくらいに見える彼女は、大人しそうだがどうやら猫が好きらしく、黒猫のクリップにはやや興奮気味に食いついてきた。
「はいはい、女子会しない~。今日は1つしか使わないから。早く決めて~」
初めて他の生徒さんに教える先生を見たが、私とのマンツーマンのときよりは、ちょっとお堅い印象だ。
それはきっと先生には、私が自分より年下だと最初からわかっていたからなのかもしれない。
菊池さんは恐縮しながら、黒猫の着物クリップを選んだ。