レフティ
先生は相変わらず、流れるように着付けの説明をする。
右手がどうだ、左手がどうだ、丈を合わせたら斜め上に引き上げるだなんだと言い、その通りに隣でそつなくこなす菊池さんに比べて、やはり私は理解が遅いようだ。
「ん、ちょっと裾上げすぎかな。こっからみて、畳との間に光が入らないくらいスレスレで合わせてみて」
「はい」
にも関わらず、菊池さんと先生の距離感に嫉妬心を燃やす余裕はあるようで。
「はい、桃田さんはゆっくりやろうね」
そんな視線に気づいたように、先生は背後に回って、もう一度最初からゆっくり説明してくれる。
「そうそう、できてるできてる」
「お手数お掛けします…」
どうにかこうにか形にはなったが、長襦袢にはなかった裾合わせが、習得出来た気がしなかった。
「また来週もやるから。大丈夫ですよ~」
先生は先生の顔で、私にそう笑いかけた。
いつもそう。まるで私の心の声が聞こえているみたいに、先生は絶妙なタイミングで絶妙なことを言うんだ。
「で、クリップです。着物の掛け衿を合わせて持って~…」
先生はなんだか色々なことを言っていたが、要するに長襦袢の衿と着物の衿を合わせるのに、クリップを使うらしい。
その後、おはしょりを整えますと言って、先生はさらに難解なことを言った。
「ちょ、先生待ってください…」
思わず声を上げた。
笑ってしまうくらい、私は先生の言葉に置いていかれていた。
「ん、桃田さんはちょっと待っててね~。菊池さん先やっちゃいましょう」
そう言って先生は菊池さんの前に歩いていく。
「ここが揃ってればいいんですよね?」
「そうですそうです。それで衿元合わせて、腰ひもで結んでみましょう」
菊池さんは1言われたら10理解できる人種なんだろう。
10言われて5しか理解できない私とは、まったく理解度が違う。
「うん、できてます!鏡見てみて~」
「わ、素敵~…」
思わず私も声が漏れるほど、ぴしっと体に着物が密着している。
「じゃあ桃田さん教えてる間に、もう1回最初からやってみてもらえますか?」
菊池さんは嬉しそうに笑って、今度は1人で言われたことをやるようだった。
劣等感に駆られた私は、見よう見まねにいじってみるが、そう簡単にできるはずもない。
先生の笑顔は、半ば呆れた様子に見えた。