レフティ
結局そのペースに呑まれたまま、私たちは2人で居酒屋の暖簾をくぐった。
先生に言われるままではあったが、片思い中の私にとってそれはもう、今週一番の嬉しい出来事である。
がやがやと騒がしい金曜日の居酒屋では、かろうじでカウンター席が数席だけ空いていた。
「あ、やっぱりね」
「え?」
椅子を引いて席に着くと、先生はにやっと笑う。
「左利きあるあるだよね、席取り」
「あぁ。前も言われたな」
気付く人は気付くもんだ。
そして決まってそれに気付いてくれる人は、私の好きな人。
ふと思い出したミドリくんは、はたして元気にしているのだろうか。
あんなにも仲良くしていたのに、あの日がなければきっと先生のことも、ミドリくんに相談していた気がする。
そう思うと、少しだけ胸が痛んだ。
私たちは生ビール2つと、すぐに出てきそうなおつまみを数品一緒に注文した。
「先生はお酒ならビール党なんですか?」
もう温かいおしぼりの季節になったことを実感しながら尋ねてみると、先生もまたほっとしたような表情を浮かべて手を拭きながら、なんでも飲むけど最初はビールかな、とはにかんだ。
「あとそれ。先生って教室以外では禁止ね」
「え…なんでですか。呼びやすいんですけど」
「なんか俺悪いことしてるっぽいじゃん。先生先生って」
― 確かに。
堪えきれない笑いに、体が小さく震えた。
「山辺さん?って呼べばいいですか?」
「ん、なんでもいいよ。先生じゃなければ」
よほど先生呼びがお気に召していなかったようだ。
せんせ…いや山辺さん、は、先に届いたお通しをもぐもぐしながら気の抜けた表情を見せた。