レフティ
「桃田さんは仕事何してるんだっけ」
山辺さんはぐいぐいっと、ジョッキの半分ほどのビールを一気に飲み干してから、さほど興味もなさそうに聞いた。
「クリニックの受付です。皮膚科の」
実家から徒歩20分の幼い頃から通っている皮膚科であること、そこに勤めてかれこれ5年になることを話すと、やっぱり彼はさほど興味はなさそうに、ただありきたりな相槌を打った。
まぁ気持ちはわかる。
こういう場では、まず仕事の話をするのがセオリーだというだけで、見てもいない職場の話や知りもしない人間の話ほど退屈なものはない。
私はさっさと話題を変えた。
「山辺さんは、なんで着付けの先生になろうと思ったんですか?若い男性って着物のイメージから一番遠かったんですけど…」
ほんの一瞬のことだったが、彼の横顔は眉をひそめた。
そのあとすぐに、うーんと唸り声を上げる。
「なんだろ、それしかなかったからかな」
“それしかなかった”という言葉だけであれば、格好いい言葉として取ることもできるだろう。
しかし、彼の言葉には絶対的に熱がなく、緩めた頬はまるで諦めのように私の目には映った。
「…それ、これ以上聞かない方がいいです?」
本当は知りたい。
山辺さんが時折見せる、切なげな表情の理由。
なんでも思い通りにできそうな彼が、一体何にそんなに絶望しているのか。
知りたかった。
だからこの問いかけは、そんな無神経な自分を戒めてもらうためだけに、あえて聞いたのだ。
すると案の定。
「はは、桃田さんはたまに察しがいいね。そうしてもらえると助かるかな」
彼は眉毛を八の字にして、困ったように笑った。
「わかりました。ただ、たまには余計です」
「えー?普段は全然じゃん。今日も自分の着物わかんなくなって、俺の着物掴むし」
「それは…!」
今度はちゃんと、彼の顔で笑ってくれた。
これをスキルと呼んでいいのかはわからないが、そもそも人とのコミュニケーションが苦手だった私が、空気を読んでそれをフォローできるようになったのは、紛れもなく、ここ数年の“恋活”のおかげだ。
今初めて、それに感謝した。
好きな人を笑顔にできるって、こんなにも嬉しかったっけ。