満月は密やかに

相手に不足は無いどころか、更に上を行くスピードで五十嵐は顔を地面へつけた。

「…そこで何している。」

その声が私に対する呼びかけだと気付いたのは、真後ろを取られてからだった。
私は生唾を飲み、次にどう発するか躊躇した。
勝てそうな相手なら情報が無くても構わないが、今回ばかりはそうもいかない。
何しろ今この目で彼の戦闘を見てしまってからでは、やたらと手も足も出す事すらままならなかった。

「あまりにも見事な戦い方だったから見入ってしまったんだ。君達に危害を加えるつもりはこれっぽっちもないよ。」

暗い室内の中、お手上げ状態の不審な私を放って彼は外へと出ようとする。

「待ってくれ、一つ君に聞きたい事がある。どうしてこの組に奇襲を…?」

彼は首を傾げて振り返る。後ろにある窓から青みがかった月が背後から彼を照らして、その存在をハッキリと際立たせる。

「こいつらは前々から卑怯な手を使う集団だと噂があった。俺達に害が無かったから今まで放っておいただけで、先に仲間に手を出したのはこいつらだ。だからもう容赦はしない、潰せばいいだけだ。」

彼の瞳は冷え切っているようにも思えたが、仲間には情があるみたい。
これだけ強ければ名は知れ渡っているに違いない。
もう少し情報が欲しい、あいつらを潰す為にはまだ万全な状態じゃない。

私がその場から去るのは彼が私に対して無関心だったのもあり、容易かった。

繁華街に紛れると、賑う最中に自分と同じくらいの女の子達が目に留まった。
彼女達の表情は心から楽しそうな笑顔を浮かべ、つい視線を逸らした。

あれがきっと、あるべき本来の姿なのに
私は今何をしてるんだろう。

自分が醜くて仕方が無くて、彼女達が余りにも眩しすぎて。

悔しくて、悔しくて、唇が赤く染まるまで歯を噛みしめた。
家に着く頃には痛みなんてとうに消えていた。

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