満月は密やかに
彼女と別れたのは夕方で、春の陽気な温かさは何処かへ消えてしまっていた。
慶子がワンピースなんて貸すから、足がガクガクと震えてしまって私は駆け足で家へ帰った。
こんな恥ずかしい姿見られたくないな…。
帰ってきてる可能性も考慮して、朝出てきた隠し戸から部屋へ行く為出来るだけ静かに階段を昇る。
誰にも見られたくなかったのに、それを阻止するかのよう彼は私の部屋へと繋がるドアの前にいた。
「…どうして電話に出ないの?心配したじゃないすか…。」
今は電話どうこうの話をしている余裕はない。
羞恥心で顔が火照るのが自分でもわかる。
「何で赤くなるわけ?どれだけ探したと思ってるの…?」
夜神はどんどん距離を詰めてくる。
こういう時に限ってまだ家は静寂を保っていて、逃れようがない。
「夜神には関係ないでしょ!私、もう部屋に戻るから…。」
ドアに手を掛けてホッとした瞬間
「…関係なくねぇよ!」
唇から自分のものではない熱が帯びて目を丸くした。
瞬時に振り払おうと抵抗するも、彼の力は驚く程に強いのだ。
私が彼に少しでも恋心を抱いていれば、こんなにも恐ろしく涙が出る思いなどしなかっただろう。
「……んっ………」
漏れる吐息が妙に生生しさを際立たせ、鳥肌が立った。
ようやく離れた唇を服で拭うと彼は私の頬を流れる涙を見たのか、戸惑いを隠せずにいた。
何も言わず部屋へと続くドアを掴むと、彼は私の背中に向って言った。
「俺の気持ちは昔から分かってるでしょ…。それに親父も…着々と準備を進めてるみたいだ。」
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