夢原夫婦のヒミツ
すると彼は目を伏せ、部屋へと向かっていく。

「待ってて。着替えてくるから」

いつも凛とした彼の後ろ姿は、今日ばかりは背中が丸まっていて、照れていることが伝わってくる。

七歳も年上の彼に抱く感情じゃないのかもしれないけれど……だめだ、大和さん可愛すぎです!

「はい、わかりました。じゃあ銭湯に行く準備をしておきますね」

そう言うと、彼は自分の部屋の前で足を止めて私を見た。

「……頼む」

そして一言呟くと、そそくさと部屋の中に消えていく。

パタンとドアが閉まったあと、こらえきれず口元を押さえて笑ってしまった。

寝室は別々。夫婦なのにキスもしたことがない。それがずっと悩みの種だったけれど、さっき彼がくれた一言で単純な私は気にならなくなった。

『愛実は奥さん失格なんかじゃないよ。……いつも家のことをやってくれて感謝している。ありがとうな、愛実』

大和さんはちゃんと私のことを奥さんとして見てくれている。今はそれだけで充分だよね。

私と大和さんのペースで、夫婦らしくなっていけばいいよね。

その後、着替えを済ませた大和さんと家を後にした。道中、危ないからと言って彼は私を歩道側に歩かせて、手を繋いでくれた。

それだけでますます私は、こんな風に少しずつ普通の夫婦のようになっていきたいと思ってしまった。
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