麻布十番の妖遊戯
 ああ、もうダメだ。最初のあのときの時間に戻って欲しい。そうしたら道案内なんかしない。
 描いてやった地図だけ渡してすぐに帰るのに。親切になんてしなきゃよかった。家に帰りたい。なんであのとき逃げなかったの。戻れるのなら同じ失敗はしない。そう思ったのを最後に意識が途切れたんです。

 あの男は何か言っていましいたが私の耳にはもう何も届きませんでした。そのまま暗い闇の中に落ちていきました。

 次に起きたとき、両足に激痛が走ったのを覚えています。
 動かそうとしても動かなかった。手が自由になっていることに驚いたのと同時に逃げようとしました。でも、立ち上がろうとしたときに異変に気づいたんです。

 激痛で足が動かないんです。
 相変わらず真っ暗なので、どうなっているのかわからなかったのが幸いだったと今では思います。

 痛みを和らげようと足を揉もうとして手を伸ばしましたが、あるべきところに脚はありませんでした。触れたのは地面でした。悲鳴をあげました。声が枯れるくらい悲鳴を上げ続けました。

 足がないんです。私の足は切り落とされていたんです。腿の付け根あたりからばっさり。恐怖と不安で胸の間がじんわりと痛みだして、それから逃れるために悲鳴を上げ続け、私はいつの間にか気を失いました。

 そうして、ようやく気を取り戻したとき、わたしは自分の着ている服で両足を止血されていることに気づいたんです。腿の付け根を恐る恐る触ってみました。激痛が走ったのを覚えています。

 最初は誰がやったんだか検討もつきませんでした。でもすぐに、あの男がやったんだって思うと、わざと生かされているみたいですごく怖かった。
 もう死んじゃえばいいのにって本気で思いました。
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