麻布十番の妖遊戯
 現実から逃避し、これは私じゃない、これは悪い夢だ。そうやって自分自身を自分自身の意識から遠ざけていたとき、小屋の外から誰かが戸を叩く音がしました。

 あの男かと思い、恐怖に体が凍りつきました。冷たい汗が背をつたい、体が小刻みに震え始めました。音を立てちゃダメだと思って震えを止めようとしましたが、全然ダメで。それでも声を潜め、外の音に全神経を尖らせました。

 その声は女性のものでした。女性は小屋の周りをぐるぐる回っているようでした。だから私は枯れて出ない声を振り絞り、助けてと言い続けました。爪で地面を叩いたり引っ掻いたりして気づいてもらえるようにひたすらに助けを求めました。

 すると、しばらくすると声が女性に届いたんです。その女性は、鍵を取ってくるから待っててと言いました。よかった、これで助かると思いました。

 しかし、いくら待っても何日経っても彼女がここへ来ることは二度とありませんでした。もしかしたらあの男に捕まっちゃったのかもしれない。そうしたら私のせいだ。どうしようって不安でいっぱいになりました。

 そのうちに私の体力もとうとう限界がきて、そうだ、私が殺される日のことでした。思い出した。

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