パクチーの王様

 そんな大変な状況だったのか、と思っていると、逸人は意外そうに、
「何故だ。
 お前は、仕事は出来るのに」
と言い出した。

 なんか含みのある言葉ではあるが、褒めてはいるようだ……、と思っていると、逸人は、
「それはただの、今、そこにあるものより、ないものの方がよく見えるという現象だ。
 気にするな」
と圭太を慰めていた。

 圭太はなにか言おうとしたが、逸人が、
「ちなみに、俺は今、此処にあるもので満足している。
 なにもかも――」
と言うと、圭太は黙った。

「……また来る」
と言って、圭太は帰っていった。

 窓から見える圭太の姿も消えたあと、唐突に、逸人が言い出した。

「……芽以。
 正月だからな。

 景気付けに、塩でも撒《ま》くか」

 シェフッ、正月、塩撒かないですよっ、と芽以の目にも、客の目にも書いてあったのだが、逸人は気にすることなく、入り口に塩を撒いていた。

 なんなんだろうな、この兄弟、と思いながら、芽以は綺麗に料理のなくなった圭太の皿を片付けた。






< 236 / 555 >

この作品をシェア

pagetop