恋の仕方を教えてくれますか?
「うーん困ったね」

榊さんは左手でハンドルをトントントンっと叩く。腕時計は23時20分を指していた。榊さんは絶対私よりも忙しい。明日だって朝は早いはずだ。

「…っあの!私もう大丈夫です!!」
本当は全然大丈夫じゃないけど、それでも榊さんの優しさに触れていくらか気持ちは楽になっている。これ以上榊さんに迷惑はかけられないから早くここから出ないと…。

「何が大丈夫なんですか?」
少し、榊さんの声のトーンが下がった気がする。

「家の近くに公園があるんです…!そこ、割と明るいですし…そこで時間つぶします…!」
私がそう言うと、榊さんはため息をついた。それもかなり大きいやつ。

「及川さん…そんなことさせられないです。」
やっぱり榊さんの声色から微かな怒りが伝わって来る。

「で、でも…榊さんお忙しいですし、私なんかに構ってる暇なんて」
そう言い終わらない内に榊さんが私の言葉を遮った。

「…今日と明日、そこのドームで人気ロックバンドのライブがあるの知ってますか?」

「い、いえ…知らないです」
…いきなりなんの話?

「その影響で、ここ近辺のホテル全滅なんですよ。もし空室があったら及川さんに泊まってもらえばいいって思ってたんですけど」

「あっ…そうなんですね…」
そんなことまで考えてくれてたの…?

「だったら尚更私、もうここで大丈夫です…!時間を潰すのには慣れているんで…!」

「だから、それは俺が嫌なんだよ!」

急に榊さんが大声を出したことに驚く。一気に車内は不穏な空気に包まれた。こんなにイライラしている榊さんを初めて見た気がするし、榊さんが自分の事を“俺”と呼んだのを聞くのも初めてだった。こんな状況なのに、上司を怒らせているのに、そんなことに驚いてしまっている自分に一番驚いている。でも、榊さんは私が引いていると勘違いしたのか、すぐに謝罪をしてくれた。

「ごめん、ちょっとカッとなって…。」

「さっ、榊専務が謝ることなんて何もないです…!専務はいろいろ考えて下さっているのに私が無責任なことばっかり言うから…!もし私が公園で時間を潰しているうちに万が一にも誰かに襲われたりなんてしたら榊専務が責任を問われ兼ねないですもんね…!」
そうだよ…。私なんかのせいで榊専務に責任なんてとらせたくない。

「はぁ…。もういいです、そういうことにしておきましょう。今から私の家に行きますが大丈夫ですか?」

「へっ?」
榊専務の言葉に引っかかったが、急な展開に思わず変な声が出てしまった。

「大丈夫です、ゲストルームはありますし、もし不安なら私は車で寝ますから安心してください」
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