あおいぽりばけつ
恋をして、そこからどうすればいいのかなんて分からなかった。とうの昔に忘れ去っていて、文字通り手探り。気さくな先輩を演じてみたり少し強引にしてみたり。でもどれもいまいち手応えが無くて、ならばもう食事にでも誘ってみるかと思ったのは初めて出会ってから数ヶ月経った頃だった。

「今プライベートやし、先輩とか後輩とか抜きにしたいんよね」

居酒屋で向かい合いながらおどけて言うと目を丸くして彼女はくしゃりと顔を歪めて笑った。

「えっ、俺なんか可笑しい事言うた??」

不意に見せられた見たことの無い笑顔に驚いてグラスを握ったのに、乾杯をし損ねた。

「いやいや、高柳さんって面白い人だなって」

薄暗い居酒屋のライトは彼女を少し色っぽく照らしている。明るく目に優しい職場のライトでは引き出せない、大人らしい表情。
気を取り直しグラスの縁を同じ高さにして、かちんと軽い音を鳴らした。

「こんなお洒落な店、初めて来ました。凄いなぁ……なんか大人になった気分」

まだ十代の女の子。ついこの間まで高校生だった彼女の目は汚れを知らぬのだろう、キラキラと輝いて見えた。

「高柳さんってモテるんですよね」

「なんそれ。誰がそんなん言うん」

何を話せば良いか分からずにかちりと煙草に火をつけると彼女は丁寧にサラダを取り分けながら楽しそうに話し続ける。

「皆言ってます。高柳さんはマンガの中の人だって。だから彼女がなかなか出来ないんだって」

「そんな事無いからね!!ただ出会いが無かったりタイミングが良くなかったりするだけやから」

「普通に女の子が高柳さんに好きって言われたら、誰でも喜んで彼女になるでしょ」

ゆらゆらと揺れる紫煙の先、おしぼりで手を拭きながら笑う顔に、これが恋かとはっきりと自覚した。
彼女はいつも物憂げな表情でどこか上の空。でも笑うとこんなに可愛くて、出来ればその笑顔を独り占めしてしまいたい、叶うならその笑顔の根っこになりたいと思ってしまう。

「じゃあ伊織ちゃんが彼女になってや」

焼酎と共に流し込んだと思った気持ちは、どうやら流し込めていなかった様だ。思わず飛び出た言葉に彼女が子供のように笑う。

「またまた〜!!私なんかが彼女になれる訳ないじゃないですか」

気取った事をすれば、頬を染め動揺する彼女がとても愛おしいと思う。
通い慣れた普通の居酒屋に連れて行けば、目を輝かせる彼女をずっと見ていたいと思う。
「私なんかが」と、自分の魅力にまだ気が付いていない彼女に、その魅力をひとつずつ教えてあげたいと、そう思ってしまった。

自分が出来ることなら全て、してあげたい。
笑顔が見たい、泣いたなら抱き締めてあげたい、叶うかわからない妄想が全身を駆け巡り、やっぱり中学二年の頃に逆戻りしているようだ。
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