あおいぽりばけつ
彼女は何も言わない。遊びに誘えば付き合ってくれるし、食事だって頻繁に行く。だけど彼女の今までを口にすることは無い。無理矢理口を割らせて過去の傷を深くさせてしまうのは良くないと、何度目かの食事の帰り道、遠回しに聞いてみた。
「……伊織ちゃんが前に言ってた忘れられない人ってどんな奴なん?」
楽しさに酔ったのか上機嫌でラジオから流れる歌に合わせて鼻歌を歌う彼女が、ぴたりと止まった。
その姿を見て、初めて質問の答えが怖くて聞かなければよかったかなと思ってしまう。
「……どんな人」
オウム返しの様にワードを呟き車内に無言が流れた。ステレオからは変わらず軽快なDJの喋りが流れている。そっとボリュームを落として答えをじっと待つ。「そうだなぁ」と前置きをして、また少し黙り込みやっと言葉を吐き出した。
「三日月、みたいな人でした」
あまりに抽象的な答えに戸惑い、言葉に困っていると彼女は窓を開けて空を見上げて話し出す。
「ふっと現れて、ふっと消える。猫の爪みたいに鋭い目で私の心を引っ掻いて、でも偶に優しく撫でてくれて」
月明かりが射し込むドアに凭れて話す横顔は儚くて、猫の爪みたいな三日月がそのままひょいと襟首を引っ掛けて彼女を連れて行ってしまうんじゃないかと焦燥感に駆られた。
「好きだったん?」
「……一方的でしたけどね」
自分には、彼女が無理をして誤魔化して笑っている様に見えた。
その笑顔を見れば見る程、眉根が寄って、目頭が熱くなって、堪らなく胸が締め付けられてしまって、どうしようもなく痛かった。
「告白は?」
根掘り葉掘り聞くのはスマートじゃあないかもしれない。だけど、彼女にこっちを向いてもらいたかった。自分ならば、と言いそうになるのを抑えて言葉を待つと更に心が痛くなる。
「してないです。出会いが最悪だったしそこからなし崩し的な感じで」
その短い言葉には、どこからどこまで含まれているのだろうか。
苦笑いを浮かべて言う彼女。また車内に妙な無言が流れて、今度は此方が口を開く。
「もう十分、想ったんじゃない?もう、ええんじゃないか」
海辺の近くに車を停めて、彼女の手を握る。振りほどかれない手。握る手に、自分ならば悲しませないし泣かせない、笑わせてあげると念を込めてみたけれどそれは儚く打ち消される。
小さく息を吸う音がして、髪が揺れた。
「でもね、まだ……まだ想っていたいんです」
ざざんと響く波の音が、窓から流れ込む。負けない位に力強い声で彼女が言ったから、もう何も言えずに頬を掻いた。
「そう。……待っちょるよ」
滑る、滑る。車を静かに走り出させて右手で目尻を抑えた。
恋が実らない事がこんなに辛いのかと、生きてきて今初めて知った。
「……伊織ちゃんが前に言ってた忘れられない人ってどんな奴なん?」
楽しさに酔ったのか上機嫌でラジオから流れる歌に合わせて鼻歌を歌う彼女が、ぴたりと止まった。
その姿を見て、初めて質問の答えが怖くて聞かなければよかったかなと思ってしまう。
「……どんな人」
オウム返しの様にワードを呟き車内に無言が流れた。ステレオからは変わらず軽快なDJの喋りが流れている。そっとボリュームを落として答えをじっと待つ。「そうだなぁ」と前置きをして、また少し黙り込みやっと言葉を吐き出した。
「三日月、みたいな人でした」
あまりに抽象的な答えに戸惑い、言葉に困っていると彼女は窓を開けて空を見上げて話し出す。
「ふっと現れて、ふっと消える。猫の爪みたいに鋭い目で私の心を引っ掻いて、でも偶に優しく撫でてくれて」
月明かりが射し込むドアに凭れて話す横顔は儚くて、猫の爪みたいな三日月がそのままひょいと襟首を引っ掛けて彼女を連れて行ってしまうんじゃないかと焦燥感に駆られた。
「好きだったん?」
「……一方的でしたけどね」
自分には、彼女が無理をして誤魔化して笑っている様に見えた。
その笑顔を見れば見る程、眉根が寄って、目頭が熱くなって、堪らなく胸が締め付けられてしまって、どうしようもなく痛かった。
「告白は?」
根掘り葉掘り聞くのはスマートじゃあないかもしれない。だけど、彼女にこっちを向いてもらいたかった。自分ならば、と言いそうになるのを抑えて言葉を待つと更に心が痛くなる。
「してないです。出会いが最悪だったしそこからなし崩し的な感じで」
その短い言葉には、どこからどこまで含まれているのだろうか。
苦笑いを浮かべて言う彼女。また車内に妙な無言が流れて、今度は此方が口を開く。
「もう十分、想ったんじゃない?もう、ええんじゃないか」
海辺の近くに車を停めて、彼女の手を握る。振りほどかれない手。握る手に、自分ならば悲しませないし泣かせない、笑わせてあげると念を込めてみたけれどそれは儚く打ち消される。
小さく息を吸う音がして、髪が揺れた。
「でもね、まだ……まだ想っていたいんです」
ざざんと響く波の音が、窓から流れ込む。負けない位に力強い声で彼女が言ったから、もう何も言えずに頬を掻いた。
「そう。……待っちょるよ」
滑る、滑る。車を静かに走り出させて右手で目尻を抑えた。
恋が実らない事がこんなに辛いのかと、生きてきて今初めて知った。