年下御曹司の、甘い提案が聞きたくて。
「あの、それで……本当によろしいんですか?」


秘書の声は若干気の毒そうにも聞こえる。
でも、それは多分、私の気持ちが滅入り始めた証拠。


「いいんです。それで」


何も望まない…と思って電話を切る。…だって、これまで輝が私をずっと、満たし続けてくれたから。


(だからもう……何も要らない……)


私が欲しかったのは、輝からの甘い提案だけだった。
それが望めないのなら、もう…何も欲しくない……。


スマホを片付け、車窓の外に目を向ける。
ぼやけた視界に気づいて瞬きをすると、つつーっと涙が頰を伝いだして、慌ててハンドタオルを取り出した。

目に当てようとして俯くと、もっと沢山の涙が溢れ返ってくる。


(…今更、泣くなんて…)


そう思うけれど一旦溢れだした涙は止まらない。
それどころか益々多く伝ってきて、私は声を殺したまま、暫くタクシーに揺られ続けた___。



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