嘘の続きは
ここでは仮面をつけずにいても誰も何も言わない。
というか、仮面をつけると「らしくない」と言われるのだ。

沢田さんと松下君のじゃれ合いもクスクス笑うというよりはもっとダイナミックにあははっと笑いながら見ることができるし、苦手な経済の話題もよくわからない遠く小さい国の情勢もここの人たちに聞けば何でも私にもわかるようにかみ砕いた言葉で詳しく教えてもらうことができる。

先月、時差の関係で深夜に出勤したという斎藤さんの食べている奥さま手作りの朝食弁当をうらやまし気に見ていたら、
「秋野さんでもそんな顔するんですね。これ、どうぞ」とお弁当の卵焼きと肉巻きを分けてもらって美味しく頂いた。

私はよっぽどの顔をしていたらしい。

ふわふわで甘さ抑えめの卵焼きとちょうどいい固さのニンジンの肉巻き。
余りのおいしさに虜になって斎藤さんを通じて奥さまにチョコレートなどの貢物を渡したことから斎藤さんの奥さまとも知り合うことができて、今はラインで繋がっている。

私の居場所を見つけた。
長年つけてきた仮面を外して伸び伸びできるほどに。

そしてここでは一度外した仮面をつけることを忘れるほどに穏やかな時間を過ごすことができる。

思えば仮面をつけている間は肩ひじ張って心も体も疲れていたように思う。
大人になり切ってないくせに大人のふりをして無表情にやり過ごす毎日に気が付かないうちに疲弊していた。

今は全く違う毎日がある。
久しぶりの自分に出会えたような気持ちに肩の荷を下ろしたような解放感とを感じる。

以前は会社関係の人と帰りに飲みに行くことも食事をして帰ることはなかったけれど、最近は東くんや沢田さんと夕飯を食べに行くこともある。




ーーーただ何をしてもどうしても心の奥の澱みはなくならない。
これはもうどうにもならないのかもしれない。
こうして芸能界の話題が出た時など特に何かが心の奥から出て来てしまうような辛い気分になってしまう。

忘れてしまいたいのに、私の心は忘れさせてくれない。
< 55 / 163 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop