月歌~GEKKA
「さて!私達は売り場の整理をしますかね」
杉野チーフは立ち上がると、売り場へと歩き出す。
私も何とか立ち上がり、売り場へ向かうと……凄まじい光景が目に入る。
人が居ると分からないけど、誰も居なくなった売り場に残された様々な残骸。
色々な売り場の物が、見るも無残な姿で置かれている。
おままごとのサンプルの中に、開封予防のテープを強引に剥がした挙句、箱がビリビリに破かれて酷い状態で置き去りにされたガラガラの玩具だったり、2Fのチャイルドで売られている靴が、ビニールから出された状態で置かれていたり。
1Fレジ横で売っているお菓子が玩具の陳列棚の中に置かれていたり…。
玩具売り場の商品で破損した商品と、他の売り場の商品とを分けてかごに入れて回る。
売台の下に箒を掛けると、万引きした残骸の箱が落ちて居たりもする。
溜息着きながら売り場を整理し終えた頃、森野さんの声が店内放送で流れて来た。
『3F玩具売り場、3F玩具売り場。商品上げました。お願いします』
私と杉野チーフがエレベーターの前で待機すると、ドアが開きパンパンに詰められた商品が崩れて来る。
「うわ!」
っと慌てた瞬間、階段の駆け上る音と共に森野さんが落ちかけた商品をキャッチした。
「柊、商品を絶対に落とすな!」
ギロっと睨まれて「すみません」と謝るのも聞かず、森野さんが段ボールをどんどん荷下ろしをしてまた駆け下りて行った。
私と杉野チーフは、取り敢えず来た商品を売り場へと運んで行く。
その頃には、他の売り場の社員も手伝いにぞろぞろと現れる始める。
「じゃあ、俺達は荷下ろしやるから、杉ちゃん達はどんどん品出しして」
2Fチャイルド担当の山岸さんが指示すると、私と杉野チーフは売り場へテープを持って走って移動。
段ボールを開けてテープを貼る。
貼り終わったら売り場へ出す。
この繰り返しを何度かしている間にも
「3F玩具売り場、荷 物上がります」
の森野さんの声が聞こえる。
声のすぐ後には、階段を駆け上る足音が近づく。
森野さんは一体、何往復してるんだろう?と思っていると
「森野、こっちは俺達がやるからお前は荷物全部上げて!」
山岸さんの声に「分かりました」と答える森野さんの声。
荷下ろし用のエレベーターが到着して、段ボールがどんどん売り場に積まれて行く。
「3F玩具売り場、最後の商品上げます」
の森野さんの声が聞こえて、お手伝いの人達もほっとした息を漏らす。
普段、一緒に作業しない人達と黙々と作業をしながら時間は過ぎていく。
開封防止のテープの音と、時々聞こえる少ない会話。
売台へ商品を並べる音があちらこちらに聞こえ始める。
私は小間物のクリスマスツリーの飾りを箱から出し、売台のフックにひたすら掛ける作業をしていた。
玩具売り場と少し離れたツリーの特設会場で黙々と作業を続ける。
「じゃあ、先に帰りますね~」
一段落着いたらしく、お手伝いの人達が一人、また一人と帰って行く。
私は品出しして空になったダンボールを潰しては、新しい箱を開けてひたすら商品を並べていた。
「柊さん、そろそろ終わらせるよ~」
杉野チーフの声が聞こえて
「は~い」
と返事をしたものの、動き出した手が止まらない。
「あとこれを出したら帰ります。先に帰っててください」
大きな段ボールに、畳んだ段ボールを差し込みながら答える。
「手伝おうか?」
心配して顔を見に来た杉野チーフに笑顔を向けて
「大丈夫です。あとこの二箱ですから」
そう答えて作業を再開した。
どの位の時間が過ぎただろう?
時計を見たら十時を回っていた。
ツリー売り場の物は小間物が多く、段ボールの中にたくさん入っていたので時間が掛かってしまったみたいだった。
気付くと売り場には私一人で、シンっと静まり返っていた。
私は十分に補充された売り場を見て
「よし!ばっちり!!」
と独り言を言って空元気を出した。
広い売り場で一人だと気付いたら急に心細くなった。
潰した段ボールをまとめた箱をズルズルとストック置き場へと移動させる。
一人だと思うと、段ボールがやけに重く感じる。すると
「やっと終わったか?」
引き摺ってた段ボールが軽くなり、森野さんが段ボールを片付けてくれている。
「え?森野さん?何でいるんですか?」
驚いて尋ねると
「『女の子を一人にしたら危ないでしょう!』って杉野チーフに言われたからな」
杉野チーフの口調をまねて、森野さんが答えた。
「すみません…」
待たせてたんだ…って落ち込んで謝ると
「何で謝るんだよ。俺も明日メーカーに流す発注書を書いてたから、別にお前を待ってた訳じゃないし」
そう言って小さく微笑んだ、
本館には既に人は居なく、森野さんはセコムを作動して鍵を掛けている。
「じゃあ、柊は着替えて来て」
鍵を閉めている状態で言われ、私は「分かりました」と返事をして着替えに更衣室へと向かう。
事務所の電気も消えており、更衣室で着替えながらまさに二人きりな事に気付いてしまった。
着替えを終えて下に降りると、森野さんは外の喫煙所の椅子に座って空を見上げていた。
「すみません」と声を掛けようと口を開きかけた瞬間、微かな声が聞こえて来た。
それが声では無く、歌だと気付くのに時間はそんなにかからなかった。
呟くような…囁くような…本当に小さな小さな声。
それは懐かしくもあり、私の心を捉えた歌声だった。
ただ違うのは、今聞こえる歌声はまるで悲鳴を上げているかのような悲痛な歌声だった。
誰に歌う訳でもなく、ただ空(くう)へと消えていく歌声。
月夜に照らされた森野さんの後ろ姿を、私は黙って見つめる事しか出来ずに居た。
どの位、森野さんの後姿を見つめて居たのだろうか?
森野さんの唄はすぐに消え、夜空を黙って見上げていた。
声を掛けるタイミングを失って困っていると
「あれ?いつの間に居たんだ?」
森野さんが私に気付いて驚いた顔をした。
「い…今です」
きっと、歌を聴かれたと知られたくないだろうと思い嘘を吐く。
「じゃあ、帰るか」
森野さんはそう呟くと、ポケットからセコムのカードキーを出して事務所を施錠した。
私は心の中で、少し前を歩く森野さんの背中に
(やっぱり…カケルさんなんですか?それとも…似てるだけなんですか?)
そう問いかけていた。
バクバクと鳴り始めた心臓。
やけに遠く感じる森野さんとの距離。
もし…森野さんがカケルさんだったら……
私の気持ちは変わるのだろうか?
失望する?それとも「やっぱり!」って納得する?
それとも、他人のそら似?
何も聞けないまま、私は森野さんの背中をただ黙って見つめて居た。
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