二人の距離の縮め方~弁護士は家政婦に恋をする~
弁護士事務所は午前十時からが営業時間だ。学に朝一からのクライアントとの予定がない日は、こうして芽衣も顔を合わせることができるので、実は密かな楽しみとなっている。
靴を揃えて部屋に上がる間に、芽衣は緩んだ口元を引き締めるように意識した。これから仕事だというのに、あまり浮かれた姿は見せられない。

「今日は、何かやっておく事はありますか?」

学の後ろについて、間接照明で照らされた廊下を進み、リビングルームへ向かう。

「……いや、いつも通りで構わない。買い物リストはテーブルの上に置いてあるから、お願いできるかな」
「はい、もちろん」

芽衣は明るく返事をし、部屋の隅にバッグを置くと、使い慣れた紺色のエプロンを身につけ、さっそく仕事にとりかかろうとキッチンへ向かおうとした。しかし、

「ところで、……ちょっといい?」

身支度を整えるためか、リビングの先にある寝室に入っていった学が、芽衣に手招きをしてくる。

「どうかしました?」

近づくと、学がネクタイを、両手にひとつずつ持って芽衣に見せる。

「決まらないんだ。……どっちがいいと思う?」

学が手にしていたネクタイのうち、ひとつはブラウン系のレジメンタル、もうひとつはネイビーで格子の織り柄の入ったものだった。

「私、ビジネスのことはよくわからなくて」
「いや、難しく考えなくてもいいんだ。ただ、今日のクライアントが女性だから、参考までに」
「差し支えなければ年齢は?」
「ご年配の方だね」

だとすると、会社経営などではなく相続か資産関係だろうか。

「明るい色の方がいいんじゃないでしょうか? 柔らかい印象の方が親近感が湧いて話しやすいかもしれません。確か、淡いグリーンのものがあったと思います」

出過ぎた事を言っただろうかと、芽衣は不安になりつつ学の様子を伺った。

「ああ、そうだね、それがいい。自分で選ぶと、いつも代わり映えしなくていけない」

学が、照れたような笑顔になったので、芽衣はホッと胸を撫で下ろした。手に持った二つのネクタイを受け取り、代わりにグリーンのネクタイを寝室のクローゼットから出して渡した。
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