俺様外科医と偽装結婚いたします
船内で成木さんから庇ってくれたことも、口づけに溺れた甘く淡いひと時も、すべて夢だったらどんなに楽だろうか。
環さんとの記憶だけ頭の中から消すことができればいいのに。
胸がちくりと痛んだ。唇を噛んで、自分の本当の願いは別のところにあると知る。
そうじゃない。私にとって夢だったら良かったのは、お祖母ちゃんや銀之助さんの言葉の方だ。
取り戻せない現実に大きなため息をついて、再びぼんやりと夜空を見上げた。
「咲良」
突然しわがれた声で名を呼ばれ、私は勢いよく顔を向ける。店にいるはずのお祖母ちゃんが、ほんの少し足をもつれさせながら近づいていくる。
「……どうしてここに?」
「てっきり話が盛り上がって病院から戻るのが遅くなっているのかと思っていたけれど、そうじゃなかったみたいだね」
渋面のお祖母ちゃんを見つめ返しながら、私はゆっくりと腰をあげる。
「環さんから電話をもらって違うと分かって、心配になって探しまわっていたんだよ。さっきそこで田北さんに会ってね、咲良が公園に入っていくのを見たって聞いて……こんなところにひとりで、まったくバカな子だよ」
バカと言われてカチンときてしまった。
私がこんな場所にいるのも現実から逃げたくなったのも、お祖母ちゃんのひと言が引き金にもなっているのに……。