アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
「えっ……出るんでしょ? ……熊」
少しの沈黙の後、並木主任が小声で「熊が居たとしても、今は冬眠中だろ?」って言うから、愕然として思わず聞き返してしまった。
「へっ? 冬眠……ちゅう?」
「そんなの小学生でも知ってるぞ」
あぁ……そうだ。今は十二月。通常、熊は冬眠している。
再び沈黙した私達の間になんとも言えない居心地の悪い空気が流れ、冷たい風までもが吹き抜けていく。
「なるほどな。だからあんなに周りを警戒しながら歩いてたのか」
笑いを必死で堪えている並木主任の顔を見たら悔しくてそれを認めることができなかった。
「そ、そんなの分かってますよ。冗談に決まっているじゃないですか! 並木主任って冗談も通じない人なんですね」
我ながら、なんて捻くれているんだろうと呆れてしまった。並木主任と居ると私の性格がどんどんひん曲がっていく。
車に乗った後も「本当は忘れてたんだろ?」と追及してくる彼に、私は頑として首を縦には振らなかった。
すると並木主任が横目で私をチラッと見て嬌笑(きょうしょう)しながら低い声で囁く。
「そんなふくれっ面するな。可愛い顔が台無しだぞ」
散々バカにしたと思ったら、突然色っぽい声で可愛いとか言い出す。そんな彼に私のペースは乱されまくり。
「か、からかわないでください!」
「別にからかってなんかないさ。本当にそう思ったから言ったんだ」
「えっ……」
彼の真剣な表情にドキッとして一瞬、息が止まる。