アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】


――翌日……今日は、今年最後の出勤日。仕事納めだ。


秘書課を出て常務室に向かう私の足取りは重く、気付けば立ち止まりため息を付いている。


昨日、愁は社長の奥さんに呼ばれて出掛けたまま夜になってもなかなか帰って来なかった。夕食の用意をして待つこと四時間。十時過ぎに愁からメッセージアプリに着信があったのだけれど……


《遅くなりそうだ。待つ必要はない。先に寝てくれ》


素っ気ないメッセージに落胆し、そのままお風呂に入って寝てしまったから、愁が何時に帰って来たのかは分からない。そして朝、私が目覚める前に出社したらしく、ダイニングテーブルの上に飲み終えたコーヒーカップが置いてあった。


別に怒っているワケじゃない。山辺部長の件や、新会社設立のことで社長と話しが長引いたのだろう。それを責めるつもりはなかった。ただ、唯との電話で少し気持ちが不安定になっていたんだ。


重厚なドアの前に立ってもなかなかノックできずにいると、後ろの社長室のドアが少し開き、根本課長の弾んだ声が聞こえてきた。


「――では、失礼します。あ、それと……清子おば様に昨夜は楽しい時間を有難う御座いましたとお伝えください」


……清子おば様って、社長の奥さんのこと?


思わず振り返ると社長室のドアを閉めた根本課長と目が合い、その瞬間、課長顔から笑顔が消える。


「八神常務との打ち合わせは終わったの?」

「あ、いえ……」

「早くしなさい。もうすぐ役員会議が始まるわよ」


「はい」と返事をしたが、ピンヒールの音を響かせ広い廊下を歩いて行く根本課長の後ろ姿から目が離せなかった。


昨夜は楽しい時間を有難う御座いましたって……どういうこと?

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