アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
その時、受付カウンターに向かって歩いて行く並木主任の後ろ姿が、若くて元気だった頃の父親の背中と重なって無意識に「父さん……」って呟いていた。
「んっ? なんか言ったか?」
振り向いた並木主任のその一言で我に返り、どうして彼が父さんに見えたんだろうって不思議に思ったのと同時に呆れてしまった。
今日の私は、どうかしている……
「何も言ってません」と即答し、並木主任と並んでカウンターの前に立つと、受付のおばあちゃんが私の顔を覗き込んでくる。
「あれ? もしかして……昔、よく温泉に入りに来てくれていた紬ちゃんじゃない?」
建物だけではなく、受付のおばあちゃんも同じ人だった。もちろん昔はもっと若かったけど。
「大きくなったけど、顔は全然変わってないからすぐ分かったよ」
おばあちゃんは嬉しそうに目を細め笑っているが、私は複雑な気持ちになる。
当時の私は七歳くらいだった。ってことは、私は七歳の時から成長していないってこと? なんだか微妙だ。
苦笑いをしながらカウンター横のアメニティーコーナーでタオルを物色していると、ふとあることに気付き、顔が引きつる。
「鞄……忘れた」
そう、私は会社を出る時、まさか山登りをして直帰することになるなんて思ってもいなかったから鞄はデスクの引き出しに入れたまま、スマホだけを持ち、出てきてしまったんだ。
「仕方ねぇな、後で取りに行ってやるよ」
「すみません……」