アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

規則正しい愁の心臓の音が心地いい。このままずっと彼の胸に抱かれていたい――けれど、そんな私の願いは叶わず、程なく愛しい温もりは離れていく。


「……愁」


堪らず彼の名を呼ぶと体を離した愁が私の前髪をかき上げ、そっと額にキスをした。次に柔らかい唇が触れたのは、紅色に染まった頬。そして耳たぶを甘噛みし、熱い吐息が首筋を滑り落ちていく。


そんなことされたら、私、もう……ダメ……


甘い痺れが全身に広がり、愁が欲しくて堪らなくなる。


やっぱり私は愁が好き……柔らかい唇も、切れ長の涼しい瞳も、艶やかなサラサラの髪も、何もかもが愛おしい。こうやって彼の腕の中に居られるのなら、全てが嘘でも構わない。


今、この瞬間、求められていることが幸せだったから……先のことなんてどうでもいい。全てが終わって愁が離れて行ったとしても、この体に刻まれた彼の記憶はずっと残るもの。


そこには見栄や中途半端なプライドは存在せず、一途な愁への想いだけが溢れていた。


一度は諦めた恋だから。愁と愛し合うことができただけで、私は幸せ……


こんな気持ちになったのは初めて。だから情事が終わって愁の腕枕で微睡んでいた時に、彼の口から山辺部長の名前が出ても、もう嫌悪感はなかった。


「山辺部長への返信の件なんだが……」

「……はい」

「合同会社の経営に一番影響力がある会社は、アメリカの製薬会社。メディスンカンパニーだと山辺部長にそう伝えてくれ」

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