アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

温泉は別棟になっていて、待合室を出て少し下りになっている長い廊下の突き当りにある。私が廊下に出た時にはもう、並木主任は遥か彼方を歩いていた。


気まずい気分のまま温泉に入るのがイヤで、速足で彼を追い掛けたんだけど、一足遅く並木主任はのれんをくぐって男湯に入ってしまった。


ああ……行っちゃった。


仕方なく私も女湯と染め抜かれたのれんをくぐり、誰も居ない脱衣所で泥だらけのジャージを脱いで湯気で曇った硝子戸を開ける。


「えっ? こんなに狭かったっけ?」


子供の頃は凄く広く感じたのに、今見るとなんかこじんまりしていてる。子供と大人の目線ではこんなに印象が違うものなのかと湯船を眺めていたら、隣の男湯からお湯を掛ける音が聞こえてきた。


女湯と男湯は天井の辺りの仕切りがない。だから向こうの物音はこちらまで筒抜けだ。ということは、女湯の音も男湯に聞こえるということ。そう思うとちょっぴり緊張してかけ湯も遠慮気味になる。


でも、湯船に入ると記憶通りのヌルっとした肌触りのいいお湯で、一気に緊張が解れていく。


「はぁーっ……気持ちいい……」


誰も居ないのをいいことに、手足を伸ばして超リラックスしていたら、頭上から声が聞こえてきた。


「――今日は付き合わせて悪かったな」


慌てて体を起こし、男湯の方に視線を向ける。


「い、いえ……大丈夫です」


まさか並木主任の方から謝ってくるなんて……さっきの"疫病神"発言で怒ってたんじゃないの?

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