アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
今回に関しては、私の方が悪かったから謝らなくてはと思っていたのに、先に謝られ、ちょっぴり戸惑う。
「あ、あの……私もすみませんでした。つい、その、疫病神とか言ってしまって……」
「あぁ……あれな。三十三年生きてきたが、疫病神なんて言われたのは初めてだ」
慌ててもう一度謝ったが、並木主任の声は笑っているようだった。
「……それに、遠慮なくズケズケものを言う女に出会ったのも初めてだ」
「ぐっ……」
思い当たることが有り過ぎて返す言葉もない。すると今度は豪快な笑い声が聞こえてくる。そしてその笑い声が止むと静まり返った浴室内に彼の低い声が響いた。
「お前の親父さん、病気で亡くなったのか?」
「えっ……あ、はい」
今まで亡くなった父親のことを自ら進んで人に話したことはない。それは、変に同情されて可哀想とか思われるのがイヤだったから。なのに並木主任には、抵抗なく父親の病気のことを話していた。
「珍しい病気だったんです。日本ではまだ症例が少なくて……有効な治療法もない状態でした。でも、二年ほど経った時、アメリカでその病気の治療薬が承認されたんです。主治医からそのことを聞いた時は嬉しかった……」
しかし日本国内ではまだ承認されていない薬だった為、保険適用外。個人輸入して投与することは可能だったが、高額な治療費を自己負担しなければならなかったんだ。
それに、その治療薬は一度投与すれば、三日おきに三ヶ月は投与し続けなくてはならない。仮に三ヶ月投与したとしても薬の効き目には個人差があり、完治しない場合もあると言われた。