フルール・マリエ


私の記憶では昔は千紘の家は一軒家だったと思うが、離婚や引越しで、今はマンションの一室だった。

ここにはお母さんだけが住んでいて、叔母さんはお母さんのお姉さんにあたるらしいが、同じ市内に住んでいて1人生活するお母さんやその息子の結婚まで心配して世話をやいてくれるようだ。

「緊張してる?」

「してるよ。心臓破裂しそう」

駅からの道のりを千紘と並んで歩きながら、最初の言葉を頭の中で反復していた。

すると、千紘が私の手に自分の手を絡めてきた。

「どう?少しは落ち着く?」

・・・落ち着きません。

むしろ更に心臓に負担がかかりました。

「千紘ってこういうことスマートにできるけど、その、ドキドキ、とかすることあるの?」

恥ずかしい事を言っている自覚はあるけれど、私が千紘の言動に過敏な反応をしても隣で涼しい顔をしている千紘を見ると、その温度差に落胆することがある。

「するよ。今もしてる」

「嘘。全然わからない」

「わからないようにしてるんだよ。スマートにエスコートした方がカッコいいでしょ」

千紘は珍しく照れ臭そうな、困ったような顔で微苦笑を浮かべる。

「そういうの、訊かないで。俺だって、聖を繋ぎ止めておくので結構余裕無い」

こんな弱気な千紘を見るのは初めてだった。

完璧な千紘が、別世界の人間から身近な存在に感じられた。

隠さないでもっともっと、余裕の無い千紘を見せてくれればいいのに。

緩く絡られた手を深く絡め直すと、高鳴る鼓動は大きいままだったけれども、大きな安心感を得ることができた。



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