君の手が道しるべ
そのとき、ジャケットの内ポケットでスマホが震え、私を回想から現在の世界へと引き戻した。

 見るとそれは大倉主査からのメッセージの着信を知らせるものだった。

『お疲れさま。NYで待っています』

 たったそれだけ。
 けれど、その文面の向こうに見えるのは、いつもと変わらない彼の穏やかな笑顔だ。

「大倉主査からですか?」

 栞ちゃんが横から画面をのぞき込み、うふふと笑う。

「でもNYって、今、夜中の二時半とかですよね? その時間にわざわざメッセージくれるなんて、さすが大倉主査、女心知ってますねぇ」

 うらやましいなあとうなずいていた栞ちゃんが、急に背筋を伸ばしてまっすぐに私を見た。驚いた私はとっさに椅子から立ち上がる。

「永瀬調査役、今までお世話になりました。私も、永瀬調査役みたいな上司になれるように頑張りますから。たまに、会いに来て下さいね」

 その視線の真摯さに、つい涙腺が緩みそうになるのをぐっとこらえて私は微笑んだ。 

 たくさんの花束よりなにより、栞ちゃんの言葉はストレートに嬉しかった。

 ここまで頑張ってきてよかったと、心の底から思えた。

「こちらこそ——お世話になりました」

 自然とそんな言葉がこぼれる。

 涙をこらえるようにぐるりと営業室を見回したとき、デスクに座った梨花の視線と目が合った。

 いつもなら先に目をそらしてしまうところだけど、これで梨花に対峙するのも最後かと思うと、不思議とわだかまりが消えていく。

「藤柳さんも。頑張ってね、これからも」

 思い切ってそう言葉をかけると、こちらを見つめる梨花の眼差しが一瞬揺れた。

 が、それはすぐにいつもの仏頂面に溶け込んで消える。

「――永瀬さんも。元気で頑張って下さい」

 負けず嫌いの梨花らしい、悔しそうな顔なのに、一応はそう言うのがおかしくて、私は少し笑ってしまった。梨花がむっとしたように私をにらむ。

「何がおかしいんですか。せっかく、ちゃんと挨拶してあげたのに。――だから嫌いなんですよ、永瀬さん。さっさとNYでもなんでも行ってくださいよ」

 いつもどおりの失礼極まりない言葉だけど、もはやそんなものは気にもならない。だってもう、梨花とはこれで最後なのだ。

「頑張ってね。ほんとに。藤柳さんは、実力あるんだから。上を目指していける力があるんだから」

 心からそう言って、最後に、にやりと笑って付け足す。

「で、表彰旅行でNYに来るときには連絡してね。案内するから」

 梨花の目が驚いたように大きく見開かれ、一瞬、ぱくっと口が開いた。次の瞬間、聞こえてきたのは、

「誰が連絡するかってーの!!!!」

 という絶叫だった。




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