君の手が道しるべ
「永瀬調査役には、このまま上位職を目指して頑張ってほしかったんだけどなぁ」

 支店長が残念そうに言う。

「またまた、支店長ダメですよ、思ってもいないこと言っちゃ。部下がついて行かなくなりますよ」

 私が笑うと、支店長は真顔で、

「思ったことを言っただけなんだけどな。——部下がついてこなくなるのは困るな」

 などとぶつぶつ言う。

 二年前の私だったら、こんな軽口を支店長相手には言えなかった。ノルマの数字に追い立てられ、梨花のプレッシャーや上からの圧力に耐えることが精いっぱいの日々。こんな穏やかな気持ちになる日が来るとはとても思えなかった。

——あなたがあなただから、僕はあなたが好きなんです。だから、あなたも、僕を好きになってください。

 あの言葉の深い意味を、すぐには理解できなかった。
 でも、今ならわかる。一言でいうなら、あれは大倉主査の覚悟だ。
 私のことをまるごと受け入れる覚悟。

——たとえ、どんな世界に住むことになっても、僕は僕だし、あなたはあなたでしょう。僕は、あなたが一緒なら生きていけると思うんです。だから、もし一緒に生きてくれるなら、僕はあなたをずっと守っていきますよ。

 赤面しそうな言葉を、いつもと変わらない冷静な表情で言う彼を見て、私もあらためて覚悟を決めた。

 この人となら、それこそ未開の地に住むことになっても、あっけらかんと乗り越えていける気がする。

 そういう気持ちがあれば、私は私のままでいいのかもしれない。気が小さくて、自分に自信もない、ネガティブ思考の私だけれど。

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