君の手が道しるべ
「障害物……って、それじゃ僕がまるで邪魔者みたいじゃないですか」

 私の言葉を聞いた大倉主査は不服そうに言った。

 結婚を断ってから2週間後、話がしたいという私の呼び出しに、彼は快く応じてくれた。もし断られたら、という不安がなかったわけではないが、今こうして向かい合って座っていると、その不安はきれいに拭い去られていく。

「ごめんね」私は謝り、言葉を続ける。「でも、ほんとにそうだった。——それまでどおりの惰性で過ごしたいなら、大倉主査をかわして、今までどおりの流れにのって毎日を過ごせばいいんだもん」

「……そうなんですかね」

 まだ納得し切れていないような顔つきの彼を見て、私は静かにうなずいた。

「そうだよ。……でも、流れに放り込まれた障害物は、その存在で、今までの流れを変えることもできる。大倉主査は、私にとってそういう存在だったの。今までの流れをまるきり変えちゃうくらいの、ね」

「……」

「その流れってつまり、私の人生そのものなんだって、思った。大倉主査は、私の人生を大きく変える存在。私の生きていく方向を変えちゃった人」

 大倉主査がじっと私を見つめる。その視線を真正面から受け止めて、私は大きく息を吸った。おなかに力を入れて、言うべき言葉を、口にする。

「私も、NYに行きます」

「調査役、それって……」身を乗り出そうとする彼を手で制し、私は言った。「そのかわり、条件があるの」


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