この空を羽ばたく鳥のように。
 




………あ。ジョウビタキ。



今年も庭先に来てくれた。



遠い北の大陸からはるばるやって来た小さな来訪者は、雪が降り積もった中庭の桜の木に止まり、軽やかにさえずっている。



去年 見かけたのと同じ、銀色の頭に黒い羽。
そしてお腹の鮮やかな橙色。

これはオスだと、喜代美が教えてくれた。



そして今回は、もう一羽 全身灰褐色の小鳥も。

オスと同じように、両翼にひとつずつ白く染め抜かれた部分がある。

あれはきっとメス。



今年はつがいで来てくれたんだ。





「喜代美、ねえ来て……」



飛び立ってしまう前にどうしても喜代美に見せたくて、

私は足音をたてないように部屋づたいに彼の自室まで行き、
いつものように相手の返事を聞かぬうちに襖を開け中に入る。

文机で書物を書きうつしていた喜代美の腕を引き、急かすように立ち上がらせた。



「ねっ、中庭を見て?」



声を弾ませながら障子を少し開くと、喜代美に外を覗くよう促す。



喜代美は何も言わず不愉快な表情で私の誘いを迷惑がるが、それでもしぶしぶ障子の隙間から中庭を覗いた。



「ねえ、あれって尉鶲よね。あっちの灰褐色がメスかしら?」


「……そうです」


「なら、今年はつがいで来てくれたのね!」


「そうですね」


「巣をつくるかしら?春になったら卵産むかなあ?」


「……さあ。私にはわかりかねます」



どの質問にも喜代美は感情を込めず淡々と答える。



大好きな渡り鳥を見ても、喜代美は表情を変えない。


分かっているけれど、それでも私はわざと興奮気味に声をあげ続けた。



「きっと産むんじゃないかしら!? だとしたらヒナが孵(かえ)るのが楽しみね!? ねえ、そう思わない?」


「……もう済みましたか。私も忙しいんです」



喜代美はため息をつくと、静かに障子を閉めた。



「あ……そうよね!ごめんなさい、勉学の邪魔しちゃって!」



謝っても喜代美はそれに応えず、くるりと背を向けると衣桁に掛けてあった綿入れの羽織を取る。










※衣桁(いこう)……着物などをかけておく、鳥居の形をした家具。



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