この空を羽ばたく鳥のように。
 



「そんなに案じなさいますな。私だってもう子どもじゃありません。
己(おのれ)を律するよう、ちゃんと心掛けております」



心配してあれこれ言う私をうるさがる事もなく、それどころか嬉しそうにまなざしを緩める。



「あ……そうよね。ごめんなさい。
あんたはしっかりしてるものね。案じることないわよね」



拭いきれない不安を抑えようと、ついつい言葉が過ぎてしまった。

我ながら子ども扱いが過ぎたかもと反省してうつむく私の頬を、喜代美の手が優しく包んだ。



頬に手を当てられ、不安を映したまなざしを向けると、喜代美は少し困ったように微笑む。

そして頬を包んだまま、親指でそっと目の縁(ふち)をなぞった。



「少しクマが出来てますね。ゆうべはあまり眠れませんでしたか」


「あ、やだ……」



喜代美に言い当てられ、恥ずかしくてその手から逃れるように顔をそらす。


実はゆうべは喜代美と離れる不安と寂しさで、ほとんど眠れなかった。


彼はそんな私の顎に手を添えると、優しく自分のほうへ向ける。

黒く艶やかなその瞳を見つめるだけで、せつなくなる。



「そんなに心配しないで下さい。……年若い我々には、まだ前線への命令は下りないでしょう」



喜代美の表情が、少しだけ翳りを帯びる。



「我々は藩に擁護(ようご)されております。我らはまだ学生の身で、学校奉行の監督下です。それが情けなくてなりません」



顎に触れていた手を離すと、そう不満をこぼす。



喜代美はきっと、福良ではなく越後へ行きたいのだ。


両兄君の傍らに立ち、自らもともに前線で忠義のために戦いたいのだろう。



「護衛だって、立派な勤めよ。自分の意に添わないからって、手を抜いてはダメよ」



喜代美の本心が解るからこそ、あえて厳しい口調で叱ると、彼はまた苦笑した。



「さより姉上……留守をお願いします。
それと、実家のお祖母さまと母上のことをお頼みしてよろしいですか」


「わかったわ。時どきご機嫌をお伺いに行くから。まかせといて」



私は強く頷く。

両兄君に任されたことを、私に託してくれることが嬉しい。



「こっちのことは大丈夫。だから喜代美は、安心してお役目に励んでね」



私の快諾に、喜代美は安心して微笑んだ。




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