この空を羽ばたく鳥のように。




 静かだが重みのある声に、一同の動作が止まり喜代美を注視する。
 彼は真剣な面持ちで両手をつかえると、父上に対し深く頭を下げた。



 「まことありがたきお言葉なれど、そのお話、お受けすることはできませぬ」

 「何じゃと……!?」



 父上が驚きの表情を浮かべたあと、まなざしを険しくする。突然の言葉に驚いた私も家人達も、笑顔を消して彼を見入る。


 まさか喜代美が拒むなんて。
 彼もこの日を待ちわびてたと信じてたのに。



 (喜代美……どうして?)



 驚愕の表情で一同が見つめるなか、喜代美はゆっくり顔をあげると、まっすぐに父上を見据えた。



 「今、わが藩は、今までにない国難に直面しております。
 ですが私は、まだ何のお役にも立っておりませぬ。
 この国の危機に、私も軍の末端に身を置き、微弱なりとも身命を(なげう)ってご奉公いたしたいのです。
 それが叶わぬうちは、家督を継ぐことはできませぬ」



 そう訴える喜代美の表情は、何事にも曲げぬ決意の強さがあった。



 「その志は立派じゃが、そなたは若殿さまの護衛としてご奉公して参ったばかりではないか。
 それに一家の当主となる責任を背負うことは、よりそなたの忠誠心を深め、ご奉公に邁進(まいしん)できると思うが」



 困惑してなだめる父上に、喜代美は「いいえ」ときっぱり首を振る。



 「家督を継いでさより姉上を(めと)れば、私は当家のゆくすえを考えねばなりませぬ」

 「当たり前じゃ、しっかりと跡継ぎを残し、次の世代へ繋ぐ。それが当主の責務じゃ。けして家名を絶やしてはならぬ」



 大きく頷く父上から、喜代美は目を伏せた。



 「ですがそれでは戦意に差し障りが出ます。私は今すぐにでも、戦地へ赴きたいのです。
 妻を持てば、戻ろうと……生きたいと思う心が作用し、たいした働きができなくなります」

 「よもやそなた、兄の仇討ちを考えておるのではあるまいな」



 危ぶむような父上の鋭い問いに、私の胸がドキンと鳴った。










 ※(なげう)つ……惜しげもなく差し出す。また、捨ててかえりみない。

 ※邁進(まいしん)……ひるむことなく、ひたすら突き進むこと。

 ※(めと)る……妻として迎える。

 ※責務(せきむ)……責任と義務。責任として果たさなくてはならない務め。


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