この空を羽ばたく鳥のように。




 昼過ぎから降りだした雨は、夜になると激しさを増して風と雷を呼ぶ嵐となった。
 ただでさえ砲声が頻繁に耳に届き、明日にでも敵が押し寄せるかもしれないと緊迫する心持ちなのに、この嵐はさらに屋敷にいる者達を不安にさせた。



 (おたか達は、無事に村へ着いたかしら……)



 早めの夕餉をすませて、今夜ばかりは母上のお部屋にみどり姉さまと私の布団を敷き、母娘三人で身を寄せあうようにして横になる。
 けれど不安が胸を覆い、夜半になっても眠ることなどできやしない。

 それは母上もみどり姉さまも同じで、客間でお休みになられてるえつ子さまやお祖母さまもまた同じかもしれなかった。



 「……私、お水を飲んできます」



 のどの渇きを覚え、床(とこ)から起きあがると断りをいれて台所へ向かう。

 人が少なくなった屋敷の中は、暗く静まりかえっている。
 それとは反対に、外では風雨が激しく雨戸を叩いていた。

 台所にくると、窓を少し開けて外の様子を窺う。
 吹き込む雨粒が邪魔するなか、目を凝らす。

 城下の武家屋敷はどこも高々と高張り提灯を掲げ、今夜は眠らずとばかりに往来を照らしていた。

 そして城下に残る男子が詰めるお城では、あちこちにかがり火が焚かれ、天守閣をあかあかと照らしている。しかし外に出ている者は少なく、雷や雨音以外の人為的な音は聞こえてこない。

 そのお城の向こうにある山の稜線にも、この風雨にいくつかの明かりがちらちら見える。
 その奥に一段と明るくなっている場所も。



 (あれはかがり火?……いえ違う、明らかに大きな何かが燃えている)



 お城の向こう側。北東の方角。
 あれは猪苗代のあたりではないのか。
 だとしたらまさか。こんな近くまで敵が迫ってきているのか。



 (あの火がここまで届いてしまう)



 そう思うとブルッと身震いして思わず自分を抱きしめた。
 何かにしがみつきたい思いに駆られて、喜代美の笑顔を思い起こす。



 (喜代美……)



 喜代美も今ごろ滝沢本陣で、あの火を見つめながら切迫した戦況を耳にしているだろうか。
 迫りくる敵に緊張が高まり、私達のように眠れない夜を過ごしているだろうか。



 (くるんだ……決戦の時が)



 男達だけじゃない。
 女も子供もお年寄りも、皆こぞって戦わなければならない時が。



 (喜代美が戦うなら、私も戦う)



 拳を握りしめる。
 山の端に燃え続ける火を見つめながら、あらためて決意と覚悟を固めた。



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