この空を羽ばたく鳥のように。



 お八重さまは煤まみれで真っ黒になった少年のようなお顔で川崎さまに詰め寄った。



 「旦那さま!何ゆえ私をお側に置いてくださらぬのですか!私だってお役に立てます!」



 川崎さまは素っ気ない態度で応える。



 「そうですね。あなたなら、どこへ行っても役立つはずです。何もここでなくていい。だから申しておるのです」

 「納得できません!私は戦うためにここにいるのです!会津を守るために!
 それなのに、戦場にいなければ戦うこともできない!」



 引き下がる様子を見せないお八重さまに、川崎さまは冷静に説いた。



 「戦うとは、何も敵を(たお)すことだけではないはずです。危険な場所にいなくとも、戦うことはできる。そうではありませんか?」

 「危険というなら、どこでもそうです!敵に小田山を占拠され、今や城内のどこにいても砲弾が飛んでくるじゃありませんか!それなら私は、旦那さまのお側で戦いとうございます!」

 「お八重さま……」



 ハラハラしながら見守る私達の前で、川崎さまは(かたく)なに首を横に振った。



 「いいえ、いけません。ここには置いておけない」

 「旦那さま!」

 「八重」



 はっきりお八重さまの名を呼ぶと、川崎さまは威厳を含んだ口調で強くおっしゃった。



 「いい加減にしなさい。今は押し問答している暇はない。ならぬと言ったらならぬのだ。本丸に戻り、照姫さまに尽くしなさい。いつまでも子供のように駄々をこねて、夫に恥をかかせるんじゃない」

 「……っ‼︎ 」



 溢れ出す感情を抑えるように、お八重さまは唇を噛んだ。

 その刹那、空から甲高い音が聞こえてきて、反射的に振り返った川崎さまが叫んだ。



 「そのまま 伏せろ‼︎ 」



 言われるがままにその場にうずくまるとすぐ強い衝撃に見舞われる。
 三の丸の土堤に着弾し、一部が破壊され、土や垣根の木っ端が弾け飛んだ。

 砲弾はなおも降ってくる。土堤だけでなく蔵の屋根瓦も吹き飛ばし、(ほり)にも落ちて大きな水柱があがった。
 土煙と水飛沫で、辺りが霧のように白く包まれる。

 川崎さまが立ち上がって怒鳴った。



 「早く行きなさい!」

 「はっ、はい!」



 私達もあわてて立ち上がり、まだうずくまるお八重さまを立たせようと両側から促す。



 「お八重さま!さあ早く!」



 起こされながら、お八重さまは川崎さまにすがるようなまなざしを向けた。



 「尚之助さま……!」



 その呼び声に、小田山のほうを窺っていた顔をこちらにもどして、川崎さまがかすかに微笑んだ。



 「八重。あなたにしかできない仕事があるはずです。それをしなさい。いいですね」

 「私にしかできない仕事……?」

 「そうです。あなたならきっとできる。それをやり遂げてください。さあ、行って!」



 言うなり川崎さまは背を向け、豊岡社の方角へ駆け出した。その背中を見つめながら言葉の意味を噛みしめるお八重さまに、みどり姉さまが大きな声で再度促した。



 「さあ 参りましょう、お八重さま!川崎さまはお考えがあっての事なのですから」



 その考えとは、大切な人を危険にさらさないための配慮ではないかと思った。

 三の丸から遠ざけることももちろんの事だが、照姫さまのお側にというのも、そこなら危険を免れるという期待も含まれているのではないか―――と。

 そして川崎さまのお側を離れたくない、ともに戦いたいというお八重さまのお気持ちも、また痛いほど分かるのだった。


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