この空を羽ばたく鳥のように。

* 九月上旬〜郡上藩 凌霜隊、来援 *






九月に入ると、朝夕の寒さが一層 厳しくなった。

荒れ果てた城下を、私は源太と小走りで駆けていた。





ーーー長命寺の戦いは、激戦むなしく会津軍の敗退で終わった。

その犠牲は大きなものだった。
たくさんの指揮官や兵士が亡くなった。

けれど総督だった佐川官兵衛さまが、生き残った兵士をまとめ上げ、帰城せずに城下に留まって郭内(かくない)巡邏(じゅんら)し、焼け跡に潜む敵を追い払ってくれているので、
それ以後 お城の南から西側にかけて、人の出入りが楽にできるようになった。



だから私はお城から出て、火事で焼けた自宅へ行ってみようと思った。


三日の晩、この事を母上とみどり姉さまに打ち明けたら、危険だからと反対された。
城下には敵はもちろん、野盗もうろついているはずだからと。


けれど気持ちを変える気はなかった。


お祖母さまの具合がよくない。熱を出してからずっと寝込んだままだった。連日撃ち込まれる大砲の衝撃に心身ともに疲れ、そのうえ栄養不足によりお身体がどんどん衰弱している。


何か滋養のあるものを食べさせなくては。
持参した食料が尽きたあと、懐にわずかにあった金子(きんす)で出入りしていた百姓から卵を買っていたが、それも尽きてしまった。

けれど屋敷に戻れば、出てくる前に埋めておいた野菜が残っているはずだ。
金子は弥助が逐電した際 あらかた盗られてしまったが、探せばまだどこかに残っているかもしれない。
それがあれば、また滋養のある卵が買える。
だからどうしても手に入れたかった。


「源太に行かせては」と言われ、源太本人も頷いていたけれど、源太の足も完全ではないし、ひとりでは持てる荷物に限りがある。ふたりなら持ち帰れる荷物も倍になる。


そう言うと源太も説得をあきらめ、反対に「私がお嬢さまをお守りいたします」と、母上達に執り成してくれたので、母上とみどり姉さまもとうとう折れるしかなかった。



翌日の四日。私は籠城戦から着たままの着物がもうぼろぼろだから、このままでいいやとたすきをかけて頭に手拭いをまいただけの姿。

源太は袴を脱ぎ、大刀の下げ緒で袖をからげて尻はしょり姿。頭は髷を隠すためほっかむりをして農民姿に身をやつした。


さすがに武器を持たずに城下へ出るのは心許(こころもと)ない。けれど薙刀や槍を持つ訳にもいかずに悩んでいると、源太がどこから借りてきたのか手に(くわ)を持ち、竹製の背負い籠をかついで現れた。

源太は籠の中に(こも)で巻いた大刀を突っ込んだ。
私も用心のために懐剣を懐におさめた。





西出丸の南側 讃岐門から出て、周囲を窺いながら城下を早足で抜けていく。
目に飛び込んでくる、あまりにも無残な光景に言葉をなくした。


焼け落ちて荒廃した武家屋敷。鼻をつく腐臭。
路傍に放置され、埋葬することも叶わないたくさんの亡骸。男だけじゃない、婦女や老人、幼子のものまで。

これは籠城当日の混乱の中の犠牲者に違いなかった。

えつ子さまの義妹、ヒデさまとその幼子の悲劇を思い出す。ヒデさまもこのように路傍に放置されているのだとしたら。



「何度見ても……むごいことです」



焼け残った塀の陰からあたりを窺いつつ、源太が沈鬱な面持ちでつぶやく。
彼は籠城当日 決死隊で城下攻防に参戦したおり、この凄惨な光景を目の当たりにしていた。



亡骸は身ぐるみを剥がされた全裸に近いものもあった。
これは物盗りのしわざだろう。
亡くなった者から、衣服や刀などの金品を根こそぎ奪い取ってゆくのだ。



(なんということ……)



通りがかった人が見るに見かねたのか、その姿を憐れんだのか、全裸にされた婦人の遺体に(むしろ)がかけられてあった。


手を合わせて弔いながら、私も源太も無言で歩を進める。


西出丸の堀沿いに出ると、堀の中にいくつもの遺体が浮いていた。
それらは水を含んで膨張し、人ではないように思えた。


すぐ向かいには、わが藩が誇った藩校日新館の灰燼(かいじん)に帰した光景が映る。


日新館は軍事病院となっていた。しかし敵が城下に攻め入ると、軍事局は動けなかった負傷者を置き去りにした。
その者達は自害するか、目の前の堀に身を投げるしかなかったーーー。





大書院で耳にした話を思い出して、唇を噛みしめる。再び怒りが込み上げてくる。

あのとき、軍事局がもっと早くに手を打っていれば。






日新館の正門があった場所から斜向かいにあったはずの我が家にたどり着いて、私も源太も愕然とした。

覚悟していたとはいえ、やはりわが屋敷もまわりと違わず焼け落ちていた。



思い出あふれる私達の家。

帰る家を、無くしてしまった。










巡邏(じゅんら)……見まわって歩くこと。パトロール。

※ほっかむり……手拭いで頭を覆って顎で結ぶ被りかた。


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