この空を羽ばたく鳥のように。



 昼過ぎに一度長局に戻ると 九八も戻っていた。
 見かけるなり、すぐさま捕まえ詰め寄った。



 「九八!どうだった?源太はちゃんと、父上のもとで働いてた?」



 それに対して、九八は(あき)れ顔で答える。



 「ちゃあんと()りやしたよ。お嬢さまが心配してひでぇ剣幕で様子を見てこいと仰せになられたもんだから、伺った理由をそうお伝えしやしたら、源太さまは笑われてやしたよ」

 「なっ!」



 カッと顔が赤くなる。たしかに心配でしかたなくて、つい九八にあんな振る舞いをしたことは、はしたなかったと思うけれど。



 「……ばか!余計なこと言わないの!」



 赤面して怒鳴ると、九八は「やれやれ」と、お手上げと言わんばかりのため息をついた。



 (でも、よかった。源太は元気そうだ)



 少なくとも笑うことができる状況なのだ。
 それが知れただけ、少し安心できた。



 「源太は何か言ってた?」



 少しでも多く様子を知りたくてまた訊ねる。
 九八はうんざりしたように言った。



 「こちらのことは心配に及ばぬとの事でした。お嬢さまはお気になさらぬようにと」



 そんなわけにはいかない。



 「他には?」

 「九八のことはお手柔らかに頼みますと申しておりやした。もっと(いたわ)ってやれとも」

 「……はあ?本当に〜?」

 「本当でございやすとも」



 九八は大仰(おおぎょう)にうなずいてみせる。
 胡散臭(うさんくさ)いなと思いつつ、優しい源太なら言いかねないと思い「わかったわ」と承諾した。

 心配事がひとつ減って気分が軽くなった私は、腕まくりすると源太が自宅から運んでくれていた七輪を取り出す。



 「これからお祖母さまと母上に召し上がっていただく芋汁を作るの。ご馳走するから手伝ってくれない?」



 その言葉に、九八の目が輝く。



 「余ったら仲間のふたりにも持っていってあげる。お腹は満たされないかもしれないけど、身体は温まるわよ」

 「こりゃあ、ありがてえや」

 「そのかわり、これからも度々(たびたび)源太のところへ通って様子を見てもらうわよ」



 九八は喉を鳴らして喜んだが、次に続いた私の言葉に、若干 気持ちが下がったようだった。


 芋汁とは、里芋を煮た汁に味噌を溶いただけの質素なもの。
 けど今の私達にとってはご馳走だった。

 仕事に従事できる者は働いている時にくず米をお粥にしていただけることもあるが、働けない家族の食事は自分達で賄わなければならない。
 なので長局の中庭に七輪を置き、鍋を乗せて煮炊きする。

 しばらくして出来たばかりの湯気の立つ温かな芋汁をお祖母さまと母上の前に差し出した。



 「お待たせいたしました。どうぞおあがりください」



 母上はうなずいてお椀と箸を取るが、お祖母さまはお身体がだいぶ弱っていて、起き上がるだけでもひとりで満足に行えない。
 背を起こしてあげ支えるが、起きていることも難儀そうだった。
 介添えしてやっとお椀と箸を手にしてくれたけど、そこから止まってしまった。



 「お祖母さま、汁だけでも啜ってください。
 身体が温まりますから」



 食が進まないお祖母さまを心配して、少しでも食べるよう促す。お祖母さまはひと口だけお椀に口をつけたあと、にっこり微笑んだ。



 「温かくて美味しいわ……わたくしはゆっくりいただくことにします。
 あなた達もこちらに構わずにおあがりなさい」

 「ですが……」

 「いいから」



 私を安心させるために笑ってくださったのだろうか。

 心配になりながらも逆らうことができず、お祖母さまをゆっくり壁に寄りかからせるとそばにお椀と箸を置いてお辞儀をして離れる。

 残りの芋汁を九八に盛ってやり、さらに残りを西出丸で療養している仲間ふたりに届けてあげることにした。

 ふたり分の芋汁を鍋ごと持って西出丸へ行き、凌霜隊の屯所として使われている空き蔵に断りを入れて入っていくと、隅の方に筵をひかれ横になっているふたりを見つけた。
 ちょうど小野三秋さまがふたりの診察をされていたので、ご挨拶をして容態を訊ねた。


 馬づら男の名は勘吾(かんご)、背中を斬られた男は名を助四郎(すけしろう)という。小野さまから簡単に紹介してもらった。


 小野さまのお見立てでは、助四郎はそろそろ動いてもいいという。勘吾の傷は深いため、治るのには時間がかかるとのこと。元のように手が使えるようになるかは分からない。傷が化膿して出た熱は今朝ようやく下がったそうだ。



 「よかった……快方に向かっているようで安心したわ」



 それから私は、あらためて源太が傷付けたことを詫び、持ってきた芋汁を差し出した。
 傷を負わされたにもかかわらず、ふたりは自分達の罪を認め、反対に謝罪してくれた。

 芋汁をお椀に盛り、手の不自由な勘吾の世話をしながら話していると、次第に打ち解けた雰囲気になる。

 すると彼らの口から自分らに心を砕いてくれた源太に対して感謝の言葉を聞くことができた。



 (よかった……彼らは源太を憎んではいないようだわ)



 源太が恨まれていないことを本人達から確認できて、またひとつ心配事が減った。


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