この空を羽ばたく鳥のように。



 源太がそばにと望んでくれても、私達の距離は変わらない。

 私には喜代美がいる。
 喜代美とともにあることが私の一番の望み。

 もちろん源太も大事な人だ。―――だけど。

 たとえ喜代美が戻ってこなかったとしても、私と源太が結ばれることなど決してありはしない。


 きっとまわりがそれを許さない。
 婚姻は、家と家のつながりだから。


 父上は私の意思とは関係なく、どこかの家格が同等の婿を探して当てがうだろう。

 喜代美を失えば、私はそれを受け入れるしかない。そして源太も、阻止することなく見つめているしかできない。

 それでも源太は津川家に仕えてゆくというのだろうか。
 私との関係が変わることはないと分かっていながら、私への想いを貫くというのか。


 この戦争が終わり、喜代美が帰ってきたあとも。
 もし喜代美が戻らず、私が津川家をつなぐために他の男を婿に迎える時も。
 夫に抱かれる夜も。夫の子を宿し、産み育てる時も。


 源太は奉公人として見守り続けることを選ぶのだろうか?
 自分の家庭を持って幸せになるよりも?


 そんなの―――私が耐えられない。



 「だめよ……!源太は幸せにならなきゃだめ!いつか一家の主人になって、妻を娶って、子供を育てて……!そんな幸せな家庭を作らなきゃだめなの!」



 立ち上がり、向かい合って真っ向から言う。

 源太には幸せになってほしい。
 ともに手を(たずさ)え生きてゆくのが私でなくとも。



 「お嬢さま……」



 潤んだ瞳で怒ったように睨む私に、源太は目を細めて穏やかに答えた。



 「ですから―――私は」

 「え?」

 「私は、さよりお嬢さまを慕わしく思うのです」

 「えっ」



 告げられた言葉に動揺してしまう。
 私じゃなく、自身の幸せに目を向けてほしいのに。
 この返されかたはどうなのか。


 戸惑って言葉を返せずにいると、「こう申しては何なのですが」と、源太は気恥ずかしそうに言った。



 「支度をしているあいだ、つい私は己の立場も忘れて、介添えしてくださるお嬢さまをまことの妻のように思ってしまいました。
 こんなことを申せばご不快に思われるでしょうが……」


 「不快だなんて……。私だって夫に尽くすようなつもりで介添えしていたわ」



 「夫」だなんて。口にして恥ずかしく思いつつ答えると、源太は嬉しそうに柔らかく微笑んだ。



 「いつもお嬢さまは、そのように私をご自身と同等に扱ってくださいましたね。主従関係であるならば、奉公人にそのような気遣いなど無用でございます。ましてや卑しい奉公人が想いを寄せてくるなど、迷惑千万(めいわくせんばん)でございましょう」

 「そんなことない……!源太は私なんかより、ずっと立派な人よ!」



 すぐさま否定すると、源太はさらに口元の笑みを広げた。



 「嬉しゅうございます。お嬢さまの良いところは、身分の上下関係なく素直に人の良さを認めてくださるところですね」



 そう言って微笑んでいた源太の瞳がふいに(かげ)る。



 「お嬢さま……あの晩いたした私の所業は、世間一般のお嬢さまなら(けが)らわしいと唾棄(だき)するものです。
 ですがお嬢さまはそうなさるどころか、私のぬくもりを忘れないとまでおっしゃってくださった」



 あの晩の源太の優しさ。源太のぬくもり。身分をこえた絆。
 それらは全部私の心を支えるよすがになると思えたから。

 そしてそれはきっと、源太も同じだと思ったから。



 「ですからあの晩、私は決めたのです。お嬢さまこそ己の生涯をかけて心を捧げるお(かた)なのだと」

 「源太……」



 胸を締めつけ、涙があふれてくる。
 そこまで私を想ってくれるなんて。



 「ご迷惑でなければ、このまま。このまま……お嬢さまのおそばに仕えさせてください。それが何よりの私の幸せなのです」

 「源太……!」



 こらえきれず、心に突き動かされるまま源太の胸にすがりついた。
 あの晩のように胸の中におさまる私に、源太は驚きながらも そっと手を添えてくれた。



 「ごめんね……!源太はこんなに想いをくれるのに、いっぱい助けてもらったのに……!私、何も返せなくて本当にごめんなさい……‼︎」

 「何をおっしゃいますか。お嬢さまのあたたかなお心は、私の身に過ぎるものでした。
 私はお嬢さまから たくさんのものをいただきました。感謝してもし足りないくらいです」



 泣きながらしがみつく私に、源太はなぐさめるように優しく言い、背中をなでてくれる。

 本当はずっとこうしたかった。

 ずっとこらえていた不安と心細さから解放されたくて、幼い頃のように源太に甘えた。 

 やっと安心できる場所に帰れたように、源太の胸に顔を(うず)めて泣き続ける。

 これが最後。顔をあげたら、もう甘えないから。
 ちゃんと自分で立てるようになるから。


 源太は包み込むように優しく抱きしめると、困ったような照れたような声を落とした。



 「あ…はは。まさかもう一度、貴女(あなた)さまを抱きしめることができるなんて、夢にも思いませんでした……」










 ※唾棄(だき)……(つば)を吐き捨てるように、捨てて(かえり)みないこと。忌み嫌って軽蔑すること。


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