この空を羽ばたく鳥のように。



 言い争いになり、思わず口走ってしまった言葉に助四郎の気配が変わる。
 空気が張り詰め「しまった」と口を覆うが、もう遅い。
 助四郎の身体は怒りでブルブルと震え出した。



 「……ッ‼︎ わしらが盗みを働いたのは、侍屋敷だけじゃッ‼︎ 村にはひとつも手を出しちゃいねえッ‼︎ 何も知らんくせに知ったふうに言うなッッ‼︎ 」



 唾を飛ばして怒鳴ると、助四郎は腰を浮かせ乱暴に畳を持ち上げ立ちあがった。
 思いもよらない行動に、私の口から悲鳴があがる。



 「助四郎⁉︎ ……何するの!」

 「もう我慢ならねえ!こんなところ一寸たりともいられるかっ‼︎ 」

 「ダメよ!今出ていったら危ないわ!」

 「うるせえっ‼︎ 」



 畳をずらすと、すばやく土中から這い上がる助四郎を、あわてて止めようとする。けれど大の男を女の力では止められようもなく、私を振り払った助四郎は塹壕から出ると中庭を抜ける木戸へ向かって駆け出した。



 「待って……!戻って!助四郎‼︎ 」

 「さより!お前まで出ちゃ危ないわ!」



 砲弾が降り注ぐなか後を追おうとする私にみどり姉さまがしがみつく。

 そんな私達を振り返ることもなく、助四郎は勘吾を寝かせたところまで走ると一度足を止め、そちらへ顔を向けた。
 わずかに勘吾の遺体を見つめたあと振り切るように顔をそらし、そのまま木戸に手をかけ姿を消した。



 「助四郎!助四郎―――――っ‼︎ 」





 どうしよう。勢いにまかせて、助四郎を傷つけてしまった。
 みどり姉さまの前で素性をばらし、(さげす)むような言葉を投げつけて。

 せっかく源太が細やかに接することで、助四郎も気を許してくれるようになったのに。
 武家に対して、信頼を寄せるようになってくれたのに。
 私のせいで、全部台無しにしてしまった。



 「さより……先ほどの話だけど」



 塹壕の中でうずくまり後悔で顔を覆う私に、腰を落ち着かせたみどり姉さまが問いかける。
 助四郎の素性のことだと思い、目元を拭うと隠していたことを詫びた。



 「黙っていて申し訳ありませんでした。実は助四郎達は、近在の村から呼び寄せた者ではありません」
 
 「知ってるわ」

 「えっ」



 思わぬ返答にみどり姉さまを振り向く。畳の隙間から差し込む光に映し出された、穏やかに微笑む姉さまのお顔が見える。



 「どうして……」

 「九八から聞いたわ。出陣の身支度を整えている時に打ち明けてくれたの。自分らは(ここ)に来る前は野盗に成り果てていたって。けれど源太に性根を叩き直されて目が覚めたと申していたわ」

 「さようでしたか……」

 「なんか妙に納得しちゃって。だって九八は風体からしておかしかったもの」



 ふふふっと声を漏らしてみどり姉さまは笑う。



 「けれど以前はどうであれ、九八は私達に良く尽くしてくれた。もちろん助四郎も勘吾もよ。だから先ほどのさよりの言葉は良くなかったわね」

 「―――はい」



 素直に認めてうなだれた。
 カッとなったとはいえ、本当にひどいことを言った。



 「助四郎の申すことは(もっと)もなことよ。私達は農民の苦労を知らない……。家中の方々が彼らに重い負担を強いていたのなら、私達は憎まれて当然だわ」



 表情を曇らすみどり姉さまの言葉が、胸の奥に突き刺さる。


 知りもしなかった――――武家に対する農民の強い憤り。
 もしかしてそれは農民だけでなく、商人や町人も同じなのかもしれない。

 家中の藩士達は、敵から会津の領地を守るため、国境を越えさせまいと必死で戦ってきた。
 それは我々だけでなく、そこに住む領地の民を守るためでもあったはず。

 藩士達からすれば同じ会津領の地に住み、主君の恩恵に(あずか)る身なのだから、協力して(しか)りとの(はら)がある。

 無論、彼らもそうだろう。村を守ってもらえると信じているからこそ、協力を惜しまず働いてくれた。

 しかし戦況が悪く退却を余儀なくされた会津軍に、敵に利用されないためという理由で家を焼き払われたらたまったものではない。
 たとえ戦術といえども、尽くした挙げ句にこの始末では、彼らが恨みを抱いて当然だ。

 籠城当日私達が入城したあと、家中の者が城下の侍屋敷を焼き払った時の衝撃を思い出す。家を失った落胆はたとえようもなかった。

 上の者はいつも、下の者の事情などいっさい考えない。
 そしてそれは、私も同じだった。



 (助四郎の言うとおりだ)



 彼らからすれば、いきなり大軍で村へやって来て、軍資金や食糧、人員を要求し、村に負担を強いるのは会津軍も西軍もどちらも変わらない。

 城下町や近在の村で好き放題の横行を重ねている西軍に怒りを覚えていた我々もまた、やつらと同等のことをしていたのだ。家中の藩士達はその自覚があるのだろうか。

 これでは民からの信望は失われてしまう。
 いつか暴動も起こるかもしれない。

 助四郎の信用も失った。


 武家の立場からしか物言わなかった自分の愚かさと、どうにもならない後悔に襲われながら、せめてもの思いで助四郎の無事を祈る。今の私にはそれしかできなかった。



 ―――――そして、その日の夜も更けたころ。
 夜陰に紛れて、ふたりの藩士が密かにお城を抜け出した。

 彼らがご老公さまの密命を受け、水面下で事を運ぼうとしていたことを、この時の私達には知る由もなかった。










 ※(だい)(おとこ)……成人した一人前の男。

 ※風体(ふうてい)……素性などがうかがわれる人の様子や身なり。

 ※(はら)……(腹の中に考えや心の動きが収まっていると考えたことから)表にあらわさず、心に考えていること。


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