この空を羽ばたく鳥のように。



 母上が離れたあと、こちらを振り向いたたつ子さまは、厳格な声音でおっしゃった。



 「さよりさん、単刀直入に申します。あなたの傷を手当てした先生のお見立てでは、あなたの身体には爆風で負った傷以外に、刀による傷が二ヵ所もあると仰せでした」



 ギクリとする。私のケガは爆発で負ったものと思われているはずだった。刀傷はそれにまぎれて気づかれないだろうと(たか)(くく)っていたが、まさかこんなに早く(あば)かれるとは。

 さらにたつ子さまは声に憤りを滲ませて続けた。



 「何故(なにゆえ)あなたが刀傷を受けることになったのか……いくら戦で混乱の最中(さなか)だとしても、殿方ならいざ知らず、よもや女子(おなご)でありながら、この城内で刃傷沙汰など穏やかではございませぬ。
 そのいきさつをお聞かせしていただきたいですわね。
 まさかあなたに限って、総攻撃の激しさのあまり先行きを悲観して自害……なんてこと、ございませんでしょう?」



 男達の中には籠城中にも酒の上で言い争いになり、時には刃傷沙汰へ発展することもあった。

 こんな話をお八重さまから聞いたことがある。

 ある晩、夜の見廻りをしていた瀬山さまとお八重さまが、腕を負傷した武士と遭遇した。
 治療所はどこかと訊ねる武士に負傷した理由を訊ね返すと、同僚と酒を飲んで(いさか)いになったという。

 すると瀬山さまはすかさず、「この有事にお殿様へ捧げた身体を、軽々しく酒の上で傷つけるような者に治療所は教えられませぬ」ときっぱりはねつけた。
 お八重さまはなるほどと感心したという。


 医師は白兵戦で傷ついた者や、それらの患者も診察しているから、刀傷も見慣れていたため傷の違いに気づき、不審に思ってたつ子さまに伝えたのかも知れなかった。



 (どうしよう……)



 たつ子さまは私の反応を厳しい目でうかがっている。
 彼女にはどんなごまかしもきかない気がする。
 けれど真実を言うこともできなかった。



 「理由は……申せません」

 「さよりさん」

 「申し訳ありません、たつ子さま。助けていただいた手前まことに心苦しいのですが……すべては私の不徳の致すところ。言うなれば自業自得なのです」

 「もしやあなたの助けを請うた、あの娘さんが関係しているのではないですか」

 「………」



 黙り込むしかない。何か言ったら、たつ子さまはすぐに真実を突き止めてしまうだろう。
 黙っているのは肯定しているようなものと彼女は判断するだろうが、それでも沈黙し続けた。

 たつ子さまはしばらく返答を待っていたけど、やがて諦めたようにため息を落とした。



 「……わかりました。あなたがどうしても話したくないというのでしたら、わたくしもあれこれ詮索いたしませぬ。
 刺した者を探して咎めたところで、あなたが喜ぶでもないでしょうし」

 「あ……ありがとうございます……」



 ホッと安堵する。このことは誰にも言うつもりはない。このまま忘れ去られてしまえばいい。



 「ですがその傷が、あなたの致命傷になるかもしれません。
 (こと)に脇腹の傷は内臓を損傷しているかもしれず、油断がならぬ状態です。
 ここにはもう薬も包帯もありませぬ。このままだとあなたはいずれ命を落とすでしょう」

 「………!」



 たつ子さまの淡々とした言葉が、鋭利な刃物となって胸をえぐる。残酷な現実を突きつけられた気がした。


 感じてはいた。もう自分はダメかもしれない。


 全身が悲鳴をあげるような痛みと熱に、時どき視界が白濁する。しかも身体から微かに腐臭も漂う。
 自分も看護していた立場だから分かる。身体の傷が膿んで腐りはじめているのだ。

 目が覚めてから、急速に容態が悪化している。
 それが深刻なことを意味してると理解しているつもりだった。

 たつ子さまはそんな私を見つめて(あわれ)むように目を伏せる。



 「さよりさん。あなたが万が一助かる方法があるとしたら、それはこの城からできるだけ早く出て、適切な処置を受けることです。
 そしてそれは、そんなに難しいことではないはずです」

 「たつ子さま……それはどういう―――」

 「それは」



 たつ子さまが言いかけたとき、あわてたように母上と助四郎が飛び込んできた。










 ※(いさか)い……言い争うこと。争い。言い合い。けんか。

 ※白兵戦(はくへいせん)……刀剣•槍などをもって、双方入り乱れてする戦い。

 ※不徳(ふとく)(いた)すところ……自分の不徳が原因で、好ましくない事態になったこと。


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