この空を羽ばたく鳥のように。
(……まったく、間の悪い男だな。こいつは)
せっかくやわらいだ気持ちを、またぶり返しおって。
そのにこやかな笑みが憎たらしく感じる。
私は海どころか、猪苗代湖さえ見たことがない。
そもそもこの城下町から一度も外に出たことがないのだ。
だから猪苗代湖がどれだけの大きさなのか、見当もつかない。
どちらも見たことがないのだから、比較のしようがないではないか。
普段から健脚を鍛えるために、日新館の休みを利用して仲間達と遠出する喜代美たち男子とは訳が違う。
ここでも男子と女子の違いを見せつけられた気がして、私はまたぞろ機嫌を損ねて口をつぐんだ。
けれどそれに気づかない喜代美は、目を輝かせて興奮したように声音を高めて続ける。
「それからですね、姉上!なんとお聞きした話では、姉上と同じ『さより』という名の魚が海にいるそうなんですよ!? すごいでしょう!?」
「……!」
(―――ああ。脱力……)
打ち明けたかったのはこれかと思うと、全身にどっと疲労感が落ちてきた。
喜代美はきっと、私が驚くだろうと思っていたに違いない。
それが楽しみで、このことを早く知らせたくて。
だから姿を現したのだろう。
(……なんだかなあ……)
なんで喜代美は、普段とても大人びて見えるのに、
生き物が絡むと途端に子どもに変わってしまうのだろう?
呆れ半分、苦笑半分で深く嘆息する。
「父上にお伺いしたところでは、サヨリは全身が細く白く顎がとがり、それはそれは美しい魚なのだとか!外見もまるで姉上のようですね!刺身や天ぷらがとても美味だそうですよ!」
嬉しそうに語る彼に、私は冷ややかに返した。
「お世辞なんかいらないわよ。それって、そんなにすごいこと?そんなこと、とっくに知ってたわよ」
※健脚……足が丈夫で、よく歩けること。また、その足。
※嘆息……なげいてため息をつくこと。また、そのため息。
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