いつか、星の数よりもっと

「あの、すみません!」

せっせとスプーンを動かすふたりの横で、緊張で震える声がした。
小学校高学年くらいの女の子が少し息を切らして立っている。

「市川三段ですよね? さっきは指導していただいてありがとうございました。教えていただいた本、今度絶対読んでみます!」

貴時は落ち着いた笑顔を彼女に向けた。

「頑張ってください」

彼女はほんのりと頬を染めて、真っ白な色紙を差し出す。

「それで、あの、サインをいただけませんか?」

「え? 俺?」

「はい! それを飾って毎日頑張りたいので」

躊躇った貴時もさすがに断るのはかわいそうだと思ったようで、スプーンをアイスクリームに刺して色紙を受けとる。

「あ、私それ預かっておくよ」

コーンを立てておくスタンドはないので、緋咲もスプーンをアイスクリームに刺して、貴時のキャラメルアイスを受け取った。

「ペンもないんだけど……」

「わたし、持ってます!」

用意のいい彼女は、筆ペンを差し出した。
それを受け取りキャップを取ると、ゆっくり深呼吸して色紙に向かう。

棋士のサインは、スポーツ選手や芸能人のものとは異なり、揮毫と言って基本的には筆で書かれる。
座右の銘やオリジナルの詰将棋などを書いてから、段位と名前を記すのが一般的だ。

真っ白な色紙に貴時は筆ペンを走らせる。
市販の筆ペンは通常揮毫に用いられるものより、細くて趣に欠けた。
それでも貴時らしい丁寧さで、ゆっくり書き進めていく。

ふと、このアイスクリームを色紙にぶちまけたら、この子は泣くだろうかと、どろりとした考えがよぎって、そのことに緋咲は自分で動揺した。
間違いが起こらないように、アイスクリームを持つ手を少し強める。

『誠心星為
三段 市川貴時』

「ごめんなさい。落款は持ってないんです」

「いえ、ありがとうございます! 大切にします!」

嬉しそうに受け取って、彼女は笑顔で帰って行く。
その背中を見て、不思議な安堵が胸に広がった。
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