月は紅、空は紫
 この時代、医師となり診療所を開くのに許可が必要であったわけではない。
 しかし、それでも御役所にヘタに目を付けられてしまえば、診療所を開いておくのに厄介ごとが何も無いわけではない。
 何がしかの言いがかりを付けられて、診療所を取り潰されてしまう可能性だって皆無では無いわけだ。

 清廉潔白で知られる、同心の中村がそのような理不尽な事をするとは思えないが――ただでさえ、裏の職業を持っていて、波風は立てたくない身である清空
なのだ。
 御役所からの要請には、可能な限りは応えるようにしていた。

「戸は開いております、どうぞお入りを!――」

 表に居る小野田には気付かれない程度の投げやりな声で、清空は小野田を診療所の中に招き入れた。
 一応の礼儀として、名残を惜しみつつも敷きたての布団を畳み薬倉庫兼納戸の中へしまい込む。
 そうしているうちに、引き戸を開けて小野田が中村からの手紙を携えて家の中に入ってきた。

 小野田から手紙を受け取り、サッと手紙の内容に目を走らせる。
 直後、清空は『やはりか――』と頭を抱えることになる。
 心配していた通りに、使いが持って来たのは新たなる厄介ごとだったわけである――。
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