月は紅、空は紫
 とはいえ、先ほども述べたが、清空とて人間相手では捜査に関してズブの素人である。
 中村よりの頼みに、清空は返答をしかねていた――。

 そんな清空の気持ちを汲んだのであろう、中村は清空に捜査を頼む理由を、言葉が足りなかった事を付け足しするように端的に述べた。

「うむ、実はその二つの道場――共に『一刀流』を名乗っておるのだ」

 中村の説明により、清空は若干の合点が行った。
 しかし、それでも即答はしかねる――そんな気持ちである。

 清空としては、仁科道場と古藤道場、それぞれが一刀流を名乗っているというのならば……確かに捜査とは言わずとも事情を聞きに行く手立てが無いでもない。
 しかし、それは出来れば使用したくは無い手段である――が、中村の困り果てた顔を見ていると無碍に断ることも出来ない。
 清空は葛藤していた。

「私が直接赴ければ良いのだが――そういう訳にもいかぬ。かといって、私が雇う部下の中にも、誰も一刀流に縁のある者もおらぬのだ。そこで――だ」

 中村はそこで言葉を切った。
 清空にも、中村の言わんとすることは分かった。
 清空には――『一刀流』と縁が無いわけでもない。

 清空自身が一刀流を修めているという訳でもないが、清空が習得している剣術が一刀流とは縁がある、というわけである。
 中村がどこでその事を知ったのか、それは清空には分からないが、それを承知の上で中村は清空に願いを立てて来ているのである。
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